ヒューリウは<帝国>の東部に位置する中都市である。
大陸の東に位置する<帝国>の中でも更に東にあるこの都市は、はっきり言って田舎であった。
だが西国との戦にも、<帝都>での権力争いにも、
北の<フェリタン>とのいさかいとも無縁のこの地は、あるもので有名だった。
奴隷市である。
<帝国>で唯一公然と人が売買される土地、ヒューリウ。
そう聞くとやはりいかがわしいという印象があるが、一部の西国の奴隷制度とはやや異なる。
まずこの地では奴隷というものは、それほど低い身分ではない。
基本的には普通の使用人と同じ扱いだ。
給金は支払われないが、衣食住に困ることはないし、主人によっては小遣いを与えられる場合も多い。
それで金を貯めて自分を買いなおすことも可能だ。
自由人に戻るには買われた値段の五分の一を主人に支払えば良いのである。
そして奴隷を非人道的に扱うのは法で禁止されている。
所有物だから何をしても良いというわけではない。
それでも奴隷を虐待する主人は現れるが、奴隷を所有するには届出が必要であり、
抜き打ちで奴隷の待遇を調査することで未然に防ぐよう定まっている。
もし届出なく奴隷を所有していた場合は、買ったほうも売ったほうも極刑と決まっている。
これは<帝国>全土に適用される法であり、例えヒューリウで買った奴隷を遠く離れた土地に連れて
帰ったとしても、届出を出せば所有を許可されるし、出さなければ極刑だ。
ただし、ヒューリウ近辺以外では<帝国>での奴隷の地位を誤解している人が多いため、
奴隷を所有していると言うと、白い目で見られることが多い。
そのためヒューリウは貴族や大金持ちの別荘や別宅が多い土地なのである。
ヒューリウに来た時だけ奴隷市を楽しみ、買った奴隷は別宅などで働かせるのだ。
田舎にして活気のある都市。
それがヒューリウだった。
マティーダ=クオレッドはヒューリウで最も大きな奴隷市に来ていた。
と言っても奴隷を買いに来たわけではない。仕事である。
ヒューリウの奴隷市は大小様々あるが、必ず役人が立ち会うことが義務づけられている。
艶やかな赤銅色の髪を一つに束ねて颯爽と歩く彼女の姿は、機敏であり優雅だ。
珍しい翠色の瞳は手元にある書類と奴隷が登場する台を交互に見、
申告に偽りがないかをしっかりと照合していた。
周りの部下たちはそんなことは我々がやりますと言うが、マティーダは彼らを見回りにやった。
自分が客席にいた方が効果的であるし、ただ座っているだけだとつまらない。
今、本日最後の商品が登場してきた。
黒髪の青年である。
最後に出てきただけのことはあり、整った顔立ちをしている。
短く刈り込んだ髪とよく日に焼けた肌が印象的だ。
背は高いが肩幅が成長に追いついていない所を見ると、十七、八といったところだろう。
マティーダよりもやや年下くらいだ。
手元の書類には「年齢不詳」の文字の横に、推定十七歳と書かれていた。
「さぁさ、皆様! 最後の商品となりました! なんとあの伝説のキウラの一族です!
身体能力が高く力持ち! しかも主人には犬のように忠実! 皆様、ふるってご参加ください!」
司会が叫ぶと、あちこちから入札の札と共に値段の声があがる。
奴隷市ではもっとも高い値段をつけた客に奴隷を売る仕組みとなっている。
でっぷりと太った商人風の男と貴族風の老人が競い合い、値段はどんどんと釣り上がっていく。
マティーダはその様子を淡々と眺め、書類に経過を記録している。
しかしふと壇上の青年を見ると、その黒い目は怒りに燃え、体は小刻みに震えていた。
次の瞬間、青年は後ろでに縛られた縄を引きちぎり、猿轡(さるぐつわ)をむしり取った。
「誰が犬だー!」
そう叫ぶと青年は司会者に殴りかかり、奴隷市は騒然となった。
「ぎゃー! 誰か助けてくれー!」
司会者の悲鳴は青く澄んだ空に吸い込まれていった。
「この! 手間かけさせやがって!」
数人がかりで取り押さえられた青年の腹を、奴隷商人は蹴り飛ばした。
ドゴッと痛そうな音がしたが、青年は少し顔をしかめただけだ。
キウラの一族は総じて体が丈夫なのである。
「貴様が暴れたせいで、客が逃げちまったじゃねぇか!
これじゃ買い手がつかねぇ、こちとら大損だ!」
もう一発蹴りを入れようとした商人の背中に、冷静な声がかかる。
「奴隷を非人道的に扱うのは、法で禁じられているのをご存知ではないのですか?」
数人の男たちを従えた若い女の登場に、奴隷商人たちは慌てふためいた。
「こ、これは領主様。今日もお美しくていらっしゃいますね」
とっさに作り笑いを浮かべ、ごまをする。
しかしマティーダはにべもなく訂正した。
「私は領主ではありません。領主代理です」
「し、失礼いたしました」
深々と頭を下げる商人をいちべつして、マティーダは青年を保護するよう部下に命令を下す。
「さて、<帝国>の法により、あなた方は裁かれねばなりませんね」
「どうかお許しください! これはちょっとした間違いで!」
マティーダにすがりつく勢いで、商人は懇願(こんがん)する。
「私には妻と五人の子どもと年老いた両親が!」
「随分と陳腐なセリフですね」
ひねりもなにもない、とマティーダは鼻で笑う。
「しかし! 奴隷が売れないと生活できないんです! どうか、どうかお慈悲を!」
地面に平伏して懇願し続ける商人に、マティーダは背後を振り返った。
「こう言っていますが、あなたはどうすべきだと思いますか?」
問われた青年は複雑な表情で聞き返した。
「どうすべきって、俺が決めるんスか?」
「被害者の意見を聞いているだけですよ。思ったことを言ってみてください」
青年はちょっと考えると、ぼそりとつぶやいた。
「死刑」
商人たちが一斉に青ざめる。
「というのは、嘘で」
「真面目に答えなさい」
てへっと笑う青年の頭を、マティーダは容赦なく叩いた。
「ん〜、別にそんなに気にすんこともないような気もすんだけどなぁ」
叩かれた頭をかきながら、それに、と青年は付け足す。
「俺も殴っちゃったし」
「あぁ、それもそうですね」
マティーダはあっさりと頷いた。
「では、お咎めはなしということにしましょう。喧嘩両成敗ということで」
そしてなにやら手元の紙にさらさらと書くと、商人にその紙を手渡した。
実はこれ、奴隷市が違反なく終了した時に渡される、次の奴隷市の参加証である。
これが交付されない場合は、その商人は次回の奴隷市に参加することはできない。
また奴隷商人として申請しなければならないのだが、それは時間も金もかかったりする。
だから奴隷商人たちはその参加証を得るため、規則を守るのだ。
「では私たちはこれで」
マティーダは踵を返し、立ち去ろうとしたが、その背中に青年の声がかかった。
「待って、ください。俺はどうなんの?」
「あなたはまだ奴隷ですから、次の奴隷市まであなたの売主が面倒をみるでしょう」
これに慌てたのは商人の方だった。
「お、お待ちください、領主代理。こう言ってはなんですが、この奴隷はもう売れませんよ」
「だから何ですか?」
売れる売れないなんぞ、私には一切関係がないと言うような口調でマティーダは答えた。
商人はこれでもとても大きな商いをしている。
度胸もそれなりにあった。
しかし相手はこのヒューリウを治めている領主代理だ。
なので、恐る恐るこんな提案をした。
「この奴隷、領主代理がお買いになりませんか?」
「何故そうなるのです」
冷たい口調で即答したマティーダ。
しかし商人もそう簡単には引き下がらない。
「先程領主代理は、その男を保護しろと仰いましたね」
「・・・その青年の保護を取り下げます。さぁ、帰りますよ」
部下たちに声をかけ、本当に帰ろうとするマティーダの前に商人が立ちはだかった。
マティーダの眉間のしわが深くなる。
「買ったもの、拾ったものは最後まで面倒をみるのが、義務というものでしょう」
「ですから、ここは領主代理様に手本を示していただきたいのです」
商人の目がキラリと光る。
マティーダの額にたらりと汗が流れた。
「そうですか。でも私にはそのような義務はありませんから」
「では、本人に聞いてみましょうか」
周りの人間の視線が青年に一斉に集まる。
「また俺?」
うんざりした顔の青年。
自分のことなのに、まるで他人事だ。
つまらなそうに足のつま先で地面に落書きをしている。
「お前は私と領主代理のどちらに引き取られたいんだ?」
太った中年男と妙齢の女性。
どちらが良いかと聞いたなら、答えは明白である。
「そりゃ領主代理様だろ」
「嫌です」
マティーダはぴしゃりと言い放つ。
「私はそのような余計な金を使うつもりは毛頭ありません」
「そこは勉強させていただきますので。私が引き取っても仕様がありませんし」
「私が引き取った所で同じでしょう」
本人そっちのけでマティーダと商人は言い争いを続けていたが、奴隷とは本来そんなものだ。
「分かりました。これくらいではどうです?」
商人が示した数字は、相場の約半額だった。
キウラ一族であるという付加価値を考えれば、出血大特価も良いとこである。
しかしマティーダは首を横に振った。
「これなら引き取りましょう」
そう言ってマティーダが提示した額に、商人は元より部下たちや当の青年も目をむいた。
「りょ、領主代理様。それはいくらなんでも・・・」
「あぁそうですか。では交渉決裂ですね。帰りましょう」
あまりに安い値段をふっかけて、商人を諦めさせようとして提示した値段だったが、
商人は本気で青年を引き取りたくなかったのだろう。
マティーダが耳を疑うような一言を放った。
「分かりました。そのお値段でお売りいたします」
「なっ。何を言っているのです。正気ですか!」
マティーダのいつもの冷静な仮面がはがれ、驚きもあらわな顔をする。
「正気ですとも。領主代理はこの値段ならお引取りになると仰られましたね?」
「・・・えぇ」
「まさか領主代理ともあろう方が、一度言ったことを反故にするようなことはなさりませんよね?」
「・・・できませんね」
不機嫌な顔で答えるマティーダとは対照的に、商人はにんまりと笑い、深々と頭を下げた。
「お買い上げ、有難うございます」
ちなみにマティーダが青年を買った値段では、物価の比較的安いヒューリウであっても、
林檎一箱くらいしか買えない。
いくらあまり林檎が一般的な食べ物でないとしたとしても、
これが物価の高い<帝都>であったなら、一晩分の宿代にも足りないだろう。
そんなはした金で買われた青年は、ヴォルフと名乗った。
狼という意味の古き言葉だが、その印象はやはり大きな犬である。
口に出すと怒り出すので言えないが、そのように過剰反応を起こすのは、
実際に何度もそう言われてきたからだろう。
名前負けとまではいかないが、狼のような猛々しい雰囲気はない。
そんな彼は、今クオレッド伯爵家で下働きをしている。
渋々林檎一箱分の値段でヴォルフを購入したマティーダは屋敷に連れて帰ると、
彼に水汲みの仕事を与えたのである。
「月の終わりに小遣いを渡しますから、それを貯めて身分を買いなおしなさい。
林檎一箱分の五分の一ですから、二月もあれば十分でしょう」
そう言った本人は今日も姿を見せない。
当たり前だ。
忙しい領主の仕事をこなしているのだから、水汲みの奴隷になどわざわざ会いにくるはずもない。
持ち前の体力で水汲みやら頼まれた薪割やらの下働きをしているうちに、数日が過ぎた。
じぃっと自分に向けられている視線に、ヴォルフは気づいていた。
というよりもバレバレだ。
今日も水汲みを終えた後、厨房の裏で薪割りをしているのだが、
少し離れた建物の角から、さらさらの黄金の髪と深みのある青い瞳がのぞいていた。
年のころは十かそこらだろう。
可愛らしい少年である。
着ている服も上等で、一目で貴族階級だと分かる。
あぁ、そう言えば、とヴォルフは面倒見の良い使用人が話していたことを思い出した。
今、このヒューリウを実質治めているマティーダは、クオレッド家の実の子ではないのだそうだ。
なかなか跡継ぎに恵まれず、マティーダを養子にしたらしい。
しかしそのたった三年後に、クオレッド伯爵家に待望の男児が生まれた。
そう、名前は確か・・・。
「ジルベール」
ビクッと隠れているつもりの少年、クオレッド家嫡男ジルベールの肩が揺れた。
「様、でいらっしゃい、ますか?」
慣れない敬語を使い、ヴォルフはジルベールに声をかけた。
本来なら身分が下のものが上のものに声をかけるのは不遜とされるが、
そんなことを気にするような殊勝な心がけが、ヴォルフにあろうはずもない。
薪を割る手を休め、顔をひっこめたりきょろきょろと挙動不審に視線をさまよわせている
ジルベールに近づく。
逃げようか逃げまいかジルベールが悩んでいるうちに、ヴォルフはすぐ側までやってきていた。
ヴォルフはしゃがんで自分の身の丈の半分ほどしかないジルベールに視線を合わせた。
「何の用っスか、坊ちゃん」
にかっと人懐っこい笑顔でたずねるヴォルフ。
ジルベールは少し警戒を解いて、しっかりとした口調で答えた。
「姉上がりんご一箱分で買ったという奴隷を見に来たんだ。それって君のことだよね?」
「・・・そうっスよ」
林檎一箱分という所を強調されて、ヴォルフの声が自然と低くなる。
ジルベールは不思議なものを見るように、ヴォルフを見ながら続けた。
「姉上は奴隷を嫌っているわけじゃないけど、今まで一度も奴隷を買ったことがなかったんだ。
他の貴族や金持ちなんて、わざわざ遠くから奴隷を買いに来るくらいなのにね。
知ってる? この屋敷には君以外に奴隷がいないんだよ。
父上の代にいた奴隷は皆、姉上が領主代理になった時に普通の使用人として雇い直してしまったからね。
そんな姉上が買ってきた奴隷がどんな人なのか、気にならないわけがないじゃないか」
「俺が領主代理様に買われてから、もう五日も経ってるんスけど?」
ヴォルフの言葉に、ジルベールは複雑な顔をした。
「僕は昨日<帝都>から帰ってきたばかりなんだよ。皇帝陛下の即位式に参列してきたんだ。
・・・姉上の代わりにね」
「あぁ、大変だったって聞いたっスよ」
「まぁ、色々とね。でも僕は何もできないし」
ジルベールは青い瞳をふせてつぶやく。
「姉上なら、最善の行動をなさるんだろうけど」
ヴォルフは立ち上がり、「う〜ん」と背を伸ばした。
しゃがんでいるうちに、足がしびれてしまったからだ。
そんなヴォルフを見て、ジルベールはむっとした表情をする。
「人の話をちゃんと聞いてるの?」
キッと大分高い位置にあるヴォルフの顔をにらみつけるジルベール。
整った顔立ちと上に立つもの特有の気位で、それなりに迫力がある。
しかしヴォルフはかまわずに笑う。
「坊ちゃんが言いたいことは、結局の所何なんスか? 俺の品定めじゃないっしょ。
坊ちゃんの話を聞いてると、違ったふうに聞こえるんスけどね」
「それはどういう意味だ?」
「さぁ?」
ヴォルフははぐらかすような笑みで答える。
「坊ちゃんはもう屋敷に入ったほうがいいっスよ。俺もまだ仕事が残ってるっスから」
すでに割り終えた薪と、残っている丸太と斧を指差し、ヴォルフは言う。
ジルベールは無言で踵を返し、屋敷に入っていく。
その肩が微かに震えていたのは、決して秋風のせいだけではなかった。
コンコン。
夕餉(ゆうげ)も済まし自室で本を読んでいたマティーダは、
ひかえめなノックに頁(ぺーじ)をめくる手を止めた。
無駄なことを嫌うこの部屋の主は、取次ぎの侍女を置いていない。
故に本来なら侍女がするはずのことも、マティーダは自らがこなすことが多い。
「誰ですか?」
「ジルベールです、姉上」
短く問うと、扉の向こうから彼女の義弟の声が返ってきた。
その声を聞いて、マティーダの口元が微かにほころぶ。
しおりをはさみ本を閉じると、彼女は自ら義弟を迎えるため席を立った。
扉を開けると、ジルベールがはっと顔を上げる。
マティーダはジルベールがいつもより元気がないことに気がついた。
「どうしました、ジルベール。元気がありませんね。旅の疲れが出たのですか?」
いつもより優しい声で気遣う義姉に、ジルベールは首を横に振る。
「いいえ、姉上。疲れてなどいません。それよりもお時間のほうはありますか?
お聞きしたいことがあるんです」
少し思いつめた表情のジルベールを、マティーダは黙って部屋に招きいれた。
ジルベールを長椅子に座らせて、茶器を用意する。
「丁度よい時に来ましたね。よい茶葉が手に入ったのです」
マティーダは義弟のために、いつもよりも丁寧に紅茶をいれる。
紅茶を入れた茶碗をジルベールに手渡し、自らはその向かいの椅子に座った。
「くつろぐために飲むお茶は、あまり形式にこだわらず飲むと良いですよ」
いつもと違い妙にかしこまった様子のジルベールに、マティーダは言った。
「はい、姉上」
返事はするが、ジルベールは紅茶にも茶請けの菓子にも手を出そうとしない。
マティーダはジルベールに気づかれないように息を一つ吐き「さて」と切り出した。
「ジルベール、私に聞きたいこととは一体何ですか?」
ジルベールは一瞬悩む素振りをしたが、しっかりとマティーダの目を見て話し出した。
「あの奴隷のことです」
「ヴォルフがどうかしましたか?」
義弟とヴォルフのつながりが分からず、マティーダは首をかしげた。
ジルベールは義姉の顔をひたと見つめ、思いつめた表情で問う。
「姉上は何故あの奴隷を買ったんですか?」
「なりゆきです」
きっぱりと言い切ったマティーダに、ジルベールは目を丸くした。
「な、なりゆき・・・?」
「えぇ、そうです」
それがどうしたと言わんばかりの義姉に、ジルベールはそう言えばこの人はこういう人だった、
と幼いながらに人生の無常を感じ取った。
マティーダを表すのには、あっさりだとかさっぱりだとか、そういう言葉が良く似合う。
「私も無駄な金は使いたくなかったのですが、仕方がないことでしたから」
あまり感情を外に出さないマティーダだが、少し悔しそうな口調で言う。
「では、姉上は望んで奴隷を買ったわけではないのですね。それを聞いて安心しました」
ジルベールはにっこりと笑った。
今までの元気のなさが嘘のようだ。
マティーダは何故義弟が何を悩んでいたのかは分からなかったが、ジルベールが元気になったので、
あまり気にしないことにした。
そしてやはりジルベールは笑った顔の方が可愛らしいと、心の中で義姉馬鹿ぶりを炸裂させている。
表面上は冷静な顔なのだが、よくよく見れば頬の辺りが緩んでいるのが分かる。
マティーダ=クオレッド、今年で二十二歳。沈着冷静と名高い彼女の最大の弱点、
それは義弟のジルベール=イオ=クオレッド、九歳を溺愛していることだったりする。
月がこうこうと照らす夜道を進む影があった。
普通の旅人なら、夜道など歩かない。山賊や追剥(おいはぎ)が出るからだ。
日が暮れる前に街にたどり着けなかった者たちでもないだろう。
彼らは光よりも闇を好む者たち。
複数の影が街道を進む。
その道は、ヒューリウへと続いていた。