無骨な城を背に、領主が住む白亜の館を見下ろす一つの影。

彼女は余裕の笑みを浮かべ、顔にかかった金の髪を払う。

「いい眺めじゃないのさ。流石は西の国境最前線、<テレンシア騎士団>の城だわね」

荷車の上に立ち、景色を眺めているその姿は、男装していても麗しい。

心地いい風を楽しんでいるレリィーエを、その荷車の後ろに立っている商人がたしなめる。

「レリィーエさん。早く降りてください。見つかれば怪しまれますよ?」

確かに従業員の格好をした者が荷車に乗って、暢気に景色を眺めているのは奇妙な光景だろう。

「まぁ、そうだわね」

レリィーエは素直に頷き、荷車から飛び降りた。

そんなレリィーエに、商人は「はぁ」とため息をつく。

「忍びこんでいるという自覚はないんですか?」

そう言うと、レリィーエは器用に片方の眉だけをつりあげた。

「何言ってんの。正々堂々と正面から入ったんだから、忍びこんでるとは言わないでしょ?

それに、あたしのことはレイでいいって言ったよね?ディオ」

「分かりましたよ、レイ。ですが、もう少し自重してくださいね。私の心臓は繊細なんですから」

「は?あのねぇ、自分でそういうこというヤツに限って図太いっていう法則知ってる?」

「いいえ、初耳ですね。じゃあ私はその例外といった所でしょうか」

「どこが例外なんだか。そんなに繊細な人なら、こんな仕事、初めっから請けないでしょ?」

「まぁ、そういえばそうですね」

あっさりと自論を下げたこの男、ディオことクラッディオ=ジェフ。

この男もよく分からない男だ。

西の国境という物騒な所で商売をしているだけあって、食えない印象があるが、

どことなく品もただよっているし、ガメツイ商人の嫌らしさがない。

訊いたことはないが、大都市の商家の次男か三男辺りではないかとレリィーエはにらんでいた。

だが、この数日というもの、城に出入りする業者を回り、自分の目で見てこの男に決めたのだ。

自分の人を見る目が確かなことを信じるほかない。

 

 

軽い漫才を終えた後、二人は“エサ”をろくに手入れもされていない庭の植え込みに隠し、

残りの木箱を厨房へと運んだ。

ここでもレリィーエは天使の笑みを浮かべ、厨房のおばちゃんに好印象を与えることに余念がない。

「へぇ、出稼ぎかい?偉いねぇ。どれ、菓子でもやろうかね」

「いえ、仕事中ですから・・・」

控えめに断る仕草すら、おばちゃんにはとても愛らしく見えた。

クラッディオに隠れて、こっそりと菓子を包んだ紙を渡されたレリィーエは、

同じようにこっそりと、礼を述べる。

「有難うございます」

「なぁに、いいんだよ。バレないようにね」

その間にクラッディオは雑談のフリをして、下男に最近変わったことがないか尋ねていた。

「う〜ん、変わったことねぇ」

「まぁ、何にもないのが一番ですよ」

「いやぁ、変わりばえないっつうのも、結構辛いもんがあるからよぉ、っとそう言えば」

「何かあったんですか?」

木箱を開けて中身を確かめていた男が、にやりと黄色い歯をみせる。

クラッディオは嫌悪のけの字も顔に出さず、笑顔で先を促した。

「今、皇族のべっぴんさんが来てるんだよ。ウチの団長の幼馴染でさ」

「あぁ、ノルフィト様でしょう?私もさきほどお姿を拝見いたしましたよ」

クラッディオがそう言うと、男はつまらなそうな顔をする。

「何でぇ、知ってたのかい?」

「えぇ、あの方の一行は目立ちますからね。何せ<帝都>の貴人方が、

こぞってノルフィト様の真似をするといいますし。<帝国>の流行を作り出している御方ですしね」

ここでクラッディオは声をひそめ、

「まぁ、一風変わった方でいらっしゃいますけど」

「ちげぇねぇや。っと、これで全部だな。じゃあまた頼むぜ」

いひひひひと笑いながら、男はふたを閉め、荷を運んでいった。

「どうだった?」

レリィーエはクラッディオにこっそりと尋ねた。

クラッディオは首を横に振った。

「駄目ですね。あの男は何も知らないそうです」

「こっちもだわ。噂にすらならないだなんて、おかしいね」

「そうですね」

「やっぱりさ、こっちじゃなくて、あっちに行くべきだったと思う?」

「さぁ?何しろ私はただの商人ですからね。そういったことは分かりかねます」

「またそういう普通の人ぶって、ってそんなこと言ってる場合じゃないか」

小さく舌打ちして考え込むレリィーエに、クラッディオはさりげなく周りを見回した。

「っと、そろそろ出ないと怪しまれますね」

「そうね。厨房でも噂が聞けないってことは、ここはシロだし」

厨房とは、何かと噂が集まる所なのである。

情報が欲しけりゃ厨房に潜り込め、とは彼女の持論だ。

 

 

「それでは、また御用聞きに参りますので」

「あぁ、またいいのを頼むね」

「えぇ、それでは」

無難な挨拶を交わして厨房を後にしようとしたその時、団員見習いと思われる少年が厨房に入ってきた。

あまり厨房に出入りしたことがないのだろう。

きょろきょろと物珍しげに周りを見回している。

「ちょいとあんた!なんのようだい!飯ならまだだよ!」

おばちゃんに一喝され、少年は慌てて弁明した。

「ち、違います!こちらにジェフという商人が来ているはずなんですけど」

「ジェフは私ですが?」

クラッディオが名乗りでると、少年は安心したように微笑み、二人の方へ近寄ってきた。

「団長がお呼びです。僕が案内するように言い付かりましたので、こちらへどうぞ」

「え?私をですか?」

呼ばれる心当たりがなく、人違いではないかと思う。

だが少年は「そうです」と笑顔のまま頷いた。

腑に落ちないながらも、呼ばれたものは行かなくてはならない。

何せ、この街では領主よりも騎士団の方が権力を握っているのだから。

それに騎士団はお得意様。団長の機嫌を損ねたとあっては、この街で商売ができなくなってしまう。

「では、レイは先に帰って・・・」

「お連れの方もご一緒にとのことですので」

「あ、じゃなかった。ボクもですか?」

びっくりして聞き返すも、少年はにこにこと笑って、是と言った。

「さぁ、お早く。こちらです」

少年は厨房と城内をつなぐ扉を開け待っている。

わけが分からないものの、二人にはその後について行く他に道はなかった。




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