彼はこの日、丁度門番の当番だった。
ここ<テレンシア騎士団>では、門番は当番制で一ヶ月に一度ほど回ってくる。
彼も騎士だから、ただ門に立って一日中来る者来る荷をチェックするよりも、
訓練で剣を振り回している方が、数段性に合っている。
それは彼と一緒に当番に当たっている仲間も同じで、
彼らは辺りを警戒しつつも、愚痴や冗談を言い合っていた。
「でよ、やっぱ<水連亭>のローラが一番のイイ女だと思うんだよ」
「そうかぁ?ローラよりも<紅薔薇>のステラの方がイイ女だろ?」
そろそろお天道様が西の山に隠れようという頃に、丘を上ってくる荷車が見えた。
荷車の馬を引いている人物は、彼にも見覚えがあった。
いつも城に荷を納めている街の商人だ。
しかし荷車の後ろを押している小さな影を見止めて、彼は首を傾げた。
彼の記憶によれば、かの商人はたった一人で店を切り盛りしていて、従業員はいなかったはずだ。
配達をする時には店を閉めるのだという。
それで商売が成り立つのかと一度尋ねたことがあったが、商人は、
「なに、お得意様が良いですからね。それに自分一人食わすことが出来るくらい稼げればいいんですよ」
と、商売人としては珍しいセリフを吐いた。
商人は門までやって来ると、慇懃に彼らに頭を下げた。
「お勤め、ご苦労様です」
「あぁ、配達かい?ご苦労さん」
商人は人のよさそうな笑みを浮かべて頷いた。
「えぇ、今日はいい葡萄酒を持ってきましたよ。なんと<ツーダン公領>のウダウ地方産、
十六年物です」
彼は仲間と顔を見合わせ、にやりと笑った。
酒は上層部が大半を飲んでしまうだろうが、少しくらいは彼のような下っ端も、
おこぼれにあずかれるだろう。
ウダウ地方の葡萄酒といえば、上物として有名だ。
しかも豊作といわれた十六年物とくれば、頬が緩むのも無理はない。
だが彼も門番としての仕事がある。
「あ〜、悪いけど、一応荷は確認させてもらうよ。規則なんでね」
「えぇ、どうぞ」
商人は荷をおおっていた布を外し、木箱の蓋を開ける。
その蓋を受け取ったのは、頭を布で覆った“少年”だった。
彼はその少年の顔を何気なく見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。
一瞬、彼の脳裏に浮かんだのは、商人に“そういう”趣味があったのか、ということだった。
とっさにそう思ってしまうほど、その少年は美少年だった。
ほっそりした眉にぱっちりとした青の瞳、鼻筋は通っていてぷっくりとした唇は綺麗な桜色だ。
少女と見間違おうかという可愛らしさだが、なよなよとした印象はない。
むしろ一本芯の通った、凛々しさまで感じさせる。
年の頃は13,4くらいに見えた。
少年は彼の方を見ると、にこっと笑い頭を下げた。
そのあまりの可愛らしさに、そういう気のない彼も、頬が赤くなるのを感じた。
隣の仲間を見ると、彼も同様に頬を染めている。
そんな彼らを見ても、商人は笑顔を崩さない。
彼がそんな想像をしているとも知らず、少年の肩に手をかけて、少年を紹介する。
「あぁ、この子はこの間雇った子でして、ほら挨拶なさい」
少年は頷き、もう一度頭を下げた。
「レイ=ベンバーです。よろしくお願いします」
「あ、あぁ。よろしく」
(って、何どもってるんだよ、オレ!)
ドギマギしながら、彼は思わず自分にツッコミを入れた。
レイと名乗った少年は、木箱の蓋を持ったまま、にこにこと笑っている。
商人はさり気なく少年から蓋を受け取り、木箱に蓋をした。
「では、よろしいでしょうか?」
はっと我に返った彼は、
「あ、あぁ、いいんじゃないか。なぁ?」
「そ、そうだな。行っていいぞ」
仲間と頷きあう。
「では失礼します」
商人は元通りに荷に布をかけ、馬の手綱を握った。
少年も荷車の後ろに回り、ちょこんと頭を下げる。
彼らは少年に答えて手を振った。
「ご苦労さん」
「仕事、頑張れよ」
彼らの頬は、妙に緩んでいた。
門をくぐる商人たちを見送った後、彼は隣の仲間にこう呟いた。
「あの小僧、ローラよりも綺麗だったな」
「あぁ、ステラよりも可愛かった」
ぼうっとしていた彼らは、はっと顔を見合わせ、同時に慌てて弁解した。
「とはいっても、あいつは男だからな。なぁ?」
「あぁ。オレらは男には興味ないしなぁ?」
二人とも、額には妙な汗が浮いていた。
「うん、やっぱりローラが一番だよ」
「ちげぇって、やっぱりステラだって」
あははははは、と乾いた笑い声が門にこだまする。
しかし彼はあの少年の印象が強すぎて、一番の美人だと思っているローラが思い出せなかった。
思い出そうとすればするほど、ローラではなくあの少年が脳裏に浮かぶ。
そして少年はあの天使のような笑顔で、彼に微笑みかけてくるのだ。
彼は火照った頬にぱたぱたと風を送り、その映像を消そうと頭を振った。
(冗談じゃない!オレは男になんて興味ねぇんだよ!)
彼はこれから一週間ほど、自分に男色の気があるのかないのか、悶々と悩むことになるのだが、
そんなことはさして重要ではない。
彼らはあの美少年に気をとられて忘れていたが、五つあった木箱の内、
中身を確かめたのは一箱だけであった。
そして五つの木箱の内の四箱は無事に城の担当者の手に渡ったが、
残りの一箱は門から裏口までの道のりで、消えてしまっていた。
城の中に持ち込まれた木箱が五つであるということを、門番の彼らは知っていたが、
裏口に届けられたのが四つであるということを、彼らは知らない。
そしてレイと名乗った“少年”が、門を抜けた後、あの天使のような笑顔ではなく、
底意地の悪い笑みを浮かべてこう呟いたことも、彼らは知らなかった。
「ふん、ちょろいもんだわ。あんなにでれでれとしちゃってさ。
ま、第一段階、クリアってとこかしらね」