その城は、街を見下ろす高台に建っていた。
城、といっても、ここに領主が住んでいる訳ではない。
ここの領主は街の中心の館に住んでいる。
ここに居るのは、武人であった。
この地方は西の国境に近く、いざこざが絶えない。
その為、常駐する軍がいた。
ここはその拠点。
<帝国>でも一、二を争う強者たちが集まる、<テレンシア騎士団>の城だった。
城の一角、中心部に近い部屋に、二人の若い男が居た。
家具はみな、実用重視だが、一目で高価だと分かる。
一人は柔らかなソファに腰掛け、もう一人は窓辺に立っていた。
「では陛下のお言葉、確かにお伝え申し上げた」
ソファに腰掛けている男が、窓辺の男に言った。
窓辺の男は、一つ頷き、真面目で堅苦しい顔を、親しい者だけに向ける笑顔に変えた。
「仕事の話はここまでだ。久しいな、ノルフィト」
「まったくだの。そなたがこの様な田舎に飛ばされる前に会ったきり、もう半年になるのかえ?」
「お前のその珍妙な話し方を聞くのは、それくらいぶりだろう」
「珍妙とは些(いささ)か不本意なのだがね。ハーザス」
ハーザスと呼ばれた窓辺の男は、二十代後半くらいに見えた。
少なくとも三十にはなっていないはずだ。
厳つい、という言葉がピッタリで、誰が見ても武人だと思う事だろう。
日に焼けた肌、短く刈られた黒髪、額から頬にかけての傷、腰につけた剣がそれを裏付けていた。
対してノルフィトと呼ばれた方の男を一言で言い表すと、優雅といった所だろうか。
歳はハーザスと同じくらい。
色白の細面で、とても整った顔立ちだ。
染めているのか地なのか、色素の薄い、薄紫色の髪をしていた。
紅茶を飲む動作も洗練されており、気品に溢れている。
彼らを良く知らない者がこの光景を見たら、どういった組み合わせなのか、首を傾げることだろう。
それくらい彼らは正反対だった。
ハーザスが剛だとすれば、ノルフィトは柔。
武人肌と文官肌。
雑種の野良と血統書付き。
黒と白。
とまぁ、そんな感じだ。
それで実際はどういう関係なのかと言ったら、なんてことはない、いわゆる幼馴染というやつである。
ハーザスは代々騎士という家柄で、ノルフィトは傍系皇族。
身分は違ったが、父親同士が仲がよく、もし生まれた子供が男と女なら、
娶(め)わせようとまで言っていたのだが、生まれたのは両家とも男児で、
しかもその後子宝に恵まれなかった。
これを聞いた時の二人の反応も、また正反対だった。
ハーザスはそれを想像し鳥肌を立て、
「ぞっとしない話だ」
こぼし、
ノルフィトは、
「私が女だったら、ざぞかし美しい娘に育っていた事だろうねぇ」
と、いささか的外れな感想をもらした。
そんな二人が何故仲が良いのかと言ったら、それは正反対だから、としか言いようがないだろう。
あまりに違っているものだから、かえって気が合うのだ。
気が会うと言っても、喧嘩をしないだとか、趣味が一緒だとかいうことは、ない。
それどころか、しょっちゅう喧嘩腰である。
ノルフィトはハーザスのがさつさが気に障るし、ハーザスはノルフィトを軟弱だとこき下ろす。
それでも二人は親友、というよりも悪友で幼馴染だった。
「ところで、城に来る途中、面白いモノを見つけたのだよ」
ふわりと笑うその表情は、宮殿の女性(含む一部の男性)を虜(とりこ)にするほど美しかったが、
ハーザスには、にやにや笑っているようにしか見えない。
「どんなだ?」
「聞いてくれるかえ?」
内心、聞きたくないと言っても、聞かせるくせに、と思ったハーザスだが、
「あぁ」
と頷いた。
口喧嘩では到底勝てないと、二十数年の付き合いで分かっていたからだ。
「それはもう、美しい子だったよ」
うっとりと思い出すように言ったノルフィトに、ハーザスは器用に片眉を上げた。
「ほう、お前が褒めるなんぞ珍しいな」
審美眼の厳しいノルフィトが、当時<帝都>一と言われていた貴婦人を、
「脂粉くさくて堪らない。どれだけ塗り重ねているのだろうね、あの顔は。
服の趣味も悪いし、化粧の腕も未熟。皆が何故“あれ”を美しいと言うのか、理解しかねるよ。
大体、あの身体の線は、コルセットでぎゅうぎゅうに締め付け上げているのが丸判りだの。
不自然極まりない。」
とズタボロにこき下ろしていたのが、記憶に新しかった。
そのノルフィトが褒めるのだから、相当なものだろう。
「特にあの金の髪はいいね。純金で出来た絹のようだよ」
「そんなのが街にいたら、もっと噂になるものだと思うんだがな」
そういった心当たりは、ハーザスにはなかった。
「つい最近、この街にやって来たそうだよ。もう直ぐ、この城にやって来るのではないかな?」
ノルフィトの言葉に、ハーザスは怪訝(けげん)な顔を見せた。
「どういう事だ?」
ノルフィトはもったいぶるように手を組み、極上の笑みを浮かべた。
「この城に雑貨を納めている商人の所の、新しい従業員だそうだよ」