店の主人は、入ってきた客を見て、いぶかしんだ。
妙な身形をしていたのだ。
頭からすっぽりと布を被っている。
市場で見た、砂漠の民のような格好だ。
だがその隙間から見える腕の色は、白かった。
砂漠の民ならもっと色が濃いはずなのだが、その客は透き通るような綺麗な肌をしていた。
まだ若い。
しかしその身のこなしは、素人のようには見えなかった。
幾多の客を見てきた主人だから分かる。
只者ではない。
だが彼は商売人である。
どのような客にも笑顔で接する。
それこそ、盗賊の類であってもだ。
金を支払ってくれさえすれば、お客様は神様だ。
「何をお探しでしょう」
きょろきょろと店を見廻していた客は、首を横に振った。
その拍子に見事な金髪が一房、布から零れ落ちる。
それに気を取られた主人は、商売人にはあるまじき事だが、客の言った事を聞き逃してしまった。
はっとして、申し訳ありませんが、と聞き返す。
「もう一度、言ってはいだだけませんでしょうかね?」
客は溜め息を付き、殊更ゆっくりと言い直した。
「私は客じゃあないの。あなたの店は、あの城に品物を納めてる?って聞いたのよ」
分かった?と聞くその声は、若い女性、いや少女のものであった。
しかもただ若いというだけでなく、その声を聞いただけでその容姿も期待出来そうな、麗しい声である。
それでいて有無を言わさない、強い意志を感じさせる。
主人は気圧されながらも、頷いた。
「え、えぇ。そうでございます」
「そう、それじゃ話が早いわ。あたしを雇いなさい」
「は?」
主人はこの客が何を言っているのか分からなかった。
「あの、それはどういう意味で?」
恐る恐る聞き返したが、客である少女は平然と、
「どういうもこういうもないわ。その言葉の通りよ。
雇えと言っても、給料を払えって言ってるんじゃないの。むしろこちらから報酬を払うわ。
ただあたしを従業員にしてって言ってるの」
「で、ですがお客様・・・」
主人は信じられなかった。
大体、布を被り、顔を見せないような奴に、まともな者はいないのである。
それを気付いたのか少女は、被っていた布を取り払った。
ふんわりと豊かで美しい金の髪が広がる。
主人は一瞬、女神が何かが降臨したのかと思った。
それほどの美しさだったのだ。
しかし少女は女神に相応しくない、俗っぽい事を言った。
「金ならあるわ」
そう言って、手に持っていた袋の中から、金塊を取り出した。
それも少女の手の平にかろうじて乗っているほどの、大きいものだ。
ズシリとした存在感があった。
主人はゴクリと唾を飲み込んだ。
これほどの一品は、一生に一度、お目にかかれるか否かだ。
少女はそれを主人に手渡した。
本物かどうか、見極めてみろという事だろう。
重さを量り、ルーペで細かく調べ、ひっくり返してみて、主人は唸った。
「本物です」
「当たり前よ」
少女はふふんと笑った。
「で?取引は成立したのかしら?」
しかし主人も商売人である。
「いえ、お客様。代金の方はよろしいとしても、肝心の中身を申していただけなければ、
成立はいたしませんね」
少女は満足そうに頷いた。
「そうね。これくらいで舞い上がっているような、そこの浅い奴じゃ、あたしも心許ないわ」
主人はこっそりと耳打ちされた内容に、驚きを隠せなかった。
「で、ですが、それは無謀というものでは・・・」
「あたしが出来るって言ったら出来るのよ。それとあなたはこの事を知ってしまったからには、
手伝わないわけにはいかなくなった。だからあたしの事は名前で呼んでちょうだい」
主人の顔色が見る見る青くなっていく。
今更ながら、どんでもないことに巻き込まれてしまったのだと悟ったのだ。
けれど少女はそれに構うことなく言った。
「あたしの名前はレリィーエ=オルト。レイでいいわ。職業は魔術師(見習い)。他に聞きたい事は?」