これはとある少女の物語である。

自由奔放で自信満々で傲慢な所もあり、プライドも人一倍という少女で、

その美貌は一目見ただけで男女問わず虜(とりこ)にするほどであったが、本人は気に入らないらしい。

後にその気性と腕前から“灼熱の魔女姫”と呼ばれた少女の名を、

レリィーエ=オルトと言った。

 

 

レリィーエは自分の容姿が気に入らなかった。

毛先がくるくるした長い金髪、海の色を思い出すような鮮やかな青い瞳。

顔のパーツは1つ1つが整っていて、まさに神が創りだした最高傑作といえる。

その下に続く身体も抜群のプロポーションで、胸は小さ過ぎず大き過ぎず、

足もすらりと長く美脚と言って差し支えないだろう。

肌はなめらかで、透き通るような白さとは言えないが、かえって健康的な美がある。

十六歳という年齢を考えればまだこれから更に綺麗になる可能性が高い。

それでもそれは、彼女にとってどうでもいい事の内の1つだ。

むしろ厭うべき事と思っている節さえある。

彼女には両親がいない。

更に言うなら、肉親と呼べる者もいない。

出身は裕福な商家だったが、何の後ろ楯もなくなってしまった少女が、

のほほんと生きていけるほど、世の中甘くはない。

普通の少女ならば、そこで身売りという手段を採っていただろう。

レリィーエもそれを考えないでもなかった。

(あたしくらいの美貌があれば、<帝国>一の娼婦にだってなれるわよねぇ)

彼女は自分の価値というものをよ〜く解っていた。

ついでに言うと頭の回転が速すぎて、そんな見え見えの将来などつまらないと思っていた。

 

 

「という訳で、あたしを弟子にしてちょうだい」

レリィーエは自信満々に言い切った。

相手が自分を弟子にしない可能性など、これっぽっちも心配していないかのように。

しかし弟子にしてくれと言われた魔術師は、

「嫌〜」

の一言で扉を閉めようとした。

だが慌てたのはレリィーエではなく、魔術師の方だった。

レリィーエは扉のすき間に足を入れ、閉じれなくしたのだ。

まるでしつこい訪問販売員のごとく扉の中に入り込んだレリィーエは、

もう一度魔術師に弟子にしてくれと頼んだ。

手を合わせて頭をちょこっと下げているものの、どこか尊大な態度を匂わせている。

「ね、頼むよ。あたしを弟子にしてちょうだい? 下働きから始めてもいいからさ」

「下働きから始めるのは当然でしょ〜。それにぃ〜わたし、弟子とるつもりないし〜」

頭を下げられた魔術師は、間延びした返事を返した。

見た目は十代半ば、いや13、4歳ほどだろう、どこか幼さが感じられる顔立ちだ。

髪は肩くらいで切り揃えられた白髪に、かんざしのようなものを挿している。

格好は魔術師お馴染みのローブ姿だが、まったくサイズがあっていない。

ぶかぶかで裾は引きずる程あるし、袖は指先も隠している。

そしてこれまたお馴染みの杖を持っていた。

しかし彼女の一番の特徴は、左が赤で右が青の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)。

一見、アルビノかと思われる魔術師だが、この右目の所為でどうとも判別がつかない。

 

 

「お願い、ツキリ。あたしはきっと歴史に名を残すような大魔術師になってみせるから」

ツキリと呼ばれた魔術師はそれでもね〜、と乗り気ではない。

「レイの言いたい事は分かるよ〜。なにせこのご時世だもんね〜。

手に職があった方が〜良いには決まってるけどさ〜。

いや、あんたのことは気に入ってるしぃ、助けてやりたいとも思うけど〜。

まぁぶっちゃけ言うとさぁ、遅いんだよね〜。」

「遅いって?」

身を乗り出して顔を近づけてくるレリィーエに苦笑しながら、ツキリアムは言った。

「あのね〜魔術師の修業っていうのは〜、本当に小さい頃から始めるのが〜普通なの〜。

モノゴコロつくかつかないかって頃からね〜、んであんた位の歳にひとり立ちしてくのよ〜」

ね、遅いでしょ〜? となんとかレリィーエを説得しようとするが、

彼女はおとなしく、はいそうですか分かりました、というような人間ではない。

むしろ、

「ツキリ。このお気に入りのカップを壊されたくなかったら、あたしを弟子にしなさい」

というような人間である。

(つくづく常識が通用しない娘ね〜。)

そう思いながらツキリアムは口の中でぶつぶつと何かを言い、さっと杖を振る。

するとレリィーエの体が宙に浮いたではないか。

これには流石のレリィーエも慌てた。

その隙にツキリアムはお気に入りのカップを取り戻す。

「ちょっと降ろしなさいよ! あんた、この外見詐欺! 中身は年増のクセに!」

その台詞にツキリアムの眉がピクッと動いた。

怖いほどの笑顔でレリィーエを見上げると、またもや何ごとか呟き杖を振る。

今度はただ振るのではなく、ぐるぐると回しだした。

するとその杖の動きに合わせて、レリィーエも回転し出したから堪らない。

「ひぃぃぃぃ。目が回るぅぅぅ。ぎぼじわるいぃぃぃ」

ぐるぐると空中で回る美女とそれを見て笑っている少女(外見)の姿は傍で見ていると異常だが、

幸い? にも周りに人は居らず、続いている。

「ふふふ〜。レイ〜? だ〜れが年増なのかな〜?」

「あんたよ、あんたぁぁ! ツキリアム=セムニダぁぁ!」

これ程の目にあっているのに、レリィーエの減らず口は止まらない。

ツキリアムは黙って杖を反対方向に回し始めた。

しかも先程より速いスピードで。

 

 

「ほんっとうに強情な娘ね〜」

ツキリアムは床に死人のごとく横たわっているレリィーエを見おろして言った。

結局あの後、実に30分に及ぶ、拷問と言っても過言ではない行為が行われていたのだが、

レリィーエは決して訂正しようとはしなかった。

「うるひゃい。う〜まだ目が回ってるし、気持ち悪い・・・」

べたーっと這いつくばっている姿はなんとも情けがない。

本人もそこはよく分かっているのだが、何せ少しでも動くと強烈な吐き気に襲われるのだ。

どうしようもない。

「ね〜レイ〜。働き口ならちゃんと世話してあげるからさ〜、諦めな〜い?」

頭を傾げながらツキリアムはしゃがみ込み、レリィーエの顔を覗き込む。

レリィーエもわずかながらも回復してきたのだろう、半身を起こし言った。

「絶対に嫌だ。諦めない」

その目は強く、これではどうにも諦めさせることはできない、とツキリアムは思った。

はぁと溜め息をひとつ吐き、

「もう根負け〜。仕方ないから弟子にしてあげるよ〜。そのかわり〜修業は厳しいよ〜?

手加減なしの〜容赦なしで〜ビッシバシ鍛えてあげるからね〜。覚悟はいいかな〜?」

「いいとも!」

 

 

こうして稀代の魔術師として後世に名を残すレリィーエ=オルトは、
魔術師への第一歩を踏み出したのだった。



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