あたしの弟は魔王サマ!? −7−

あたしの弟は魔王サマ!? −7−

 ごうごうっていう風の音が、やけに大きく聞こえた。
多分、それだけ神経が敏感になってるんだと思う。
頭の中がぐるぐるして、色んな考えが巡る。
マジかよ! に、ウソでしょ! と、どうして! や、ちょっとの、あぁ、っていう気持ち。
あたしは暴れるのを止めた。
この人相手に暴れても無駄じゃん?
あたしが暴れるのを止めた所為か、大声を出すなっていう条件で、口をふさがれてた手が外された。
「ふぅ、苦しかった。っていうか、あなただったんですね。……ピロッツ将軍。
でも少し軽率な行動だと思いますけど? 
こんなことをしなければ、あなたに疑いの目は向けられなかったハズじゃないですか」
「チトセは、今の状況が分かっているのかな?」
将軍がいつもと同じ爽やかな笑みを浮かべた。
でもこんな時に見ると、その爽やかさが逆に嫌らしく見えるね。
いい男が台無し。
「もちろん分かってますよ。あたしが襲われてるってコトでしょ?」
「それにしては冷静だね」
「まさか、とても驚いてますよ」
いや、ホントにとっても驚いてるから。
驚きすぎて一回転しちゃうくらいにね。
だから表面的には落ち着いて見えるんだろうけどさ、まだぐるぐるしてるもん、頭ん中。
「でもさっきのは違うんだよね」
「は? さっきのってどれですか?」
「俺が疑われてないっていう所だよ」
将軍の笑みが自嘲的になった。
こっちを向きながら、あたしじゃない遠くを睨みながら言う。
「特に宰相閣下がね。普通将軍職は国政に関わらないから、目をつけられた。
知ってるかな? 君の侍女の過半数は俺の推薦だったんだよ」
「……人払いしたのは、将軍ですか?」
「そうだよ。でも意外だったな。君なら彼らの誘いに乗ってくれそうだと思ってたのに」
「やっぱり、あのオッサンたちの裏で糸引いてたのは将軍だったんですね。
でも残念でしたね。あたしを引っかけたいなら、もっと顔のいい方を用意しとけば良かったんですよ」
「本当にね。あれは迂闊だったな。チトセが一月でここまでたくましくなるとは思ってもみなかったよ」
そして将軍はあたしの、キュレオリアの髪を一房、あたしの両手を押さえていない右手ですくう。
「なぁ、手を組まないか? 君の王姉としての立場と俺の能力があれば、あの辛気臭い宰相閣下も廃せるかもしれない。どうかな?」
「それだったら、最初っからそうしたら良かったんじゃないですか? こんなコトする前に。
それにちょっとお尋ねしたいんですけどね。
戸締りはしっかり確認したハズなのに、どうやって入って来たんです?」
そりゃもう、念入りにチェックしたハズなんですけどね。
鍵もまじないも、寝る前はちゃんとなってたんだけど。
「まじない? あぁ、あれも侍女に頼んでちょっと細工をさせてもらったよ。
鍵なら簡単に開けられるしね。
それと初めから君を誘わなかった理由だったかな?
それはチトセがあの馬鹿なキュレオリアの生まれ変わりだからだよ」
「馬鹿ぁ?」
そういえば、あたしはキュレオリアのコト、ほとんど知らなかったな。
死んじゃった人のことって、あんまり聞けることじゃないし、特に近しい人には。
でも馬鹿っていうのは聞き捨てならないね。
だって認めたくはないけど、あたしの前世だっていうし、一応今はキュレオリアの体になってるワケだしさ。
あたしが軽く睨むと、将軍は嘲るような笑みを浮かべた。
ムカつく!
「あぁ、知らないのかな? キュレオリアは愚かにも人間に恋をしてね。
その人間をかばって死んだんだよ、でも結局、その人間も助からなかったんだけどね。
本当に愚かな女だったよ。王姉という身分も捨てて男に走ったのだから」
「人と恋に落ちることの、何がいけないんです?」
「だって人は愚かで、すぐに死ぬじゃないか。大体長生きしても八十年くらいしか生きられない。
そんなのと交わったら、誇り高い魔族の血が穢れるよ」
ホントに、将軍はそう思ってるんだろう。
血が穢れるって言った時、ホントに汚いモノを見るような目をしてた。
こんなヤツを爽やか将軍だとか言ってたかと思うと、自分の人を見る目のなさに泣けてくるね。
いくら顔がよくたって、一方的な考えしかできないヤツはゴメンだ。
「こっちの人間がどんなだかなんて、会ったことないから知らない。
けどね、あたしも十九年間、人間として生きてきたんだよ。
そこまで人間を馬鹿にされて、大人しく黙ってるとでも思ってんの?」
一月も側にいたのに、そんなことも分からないなんて、あまりにもあたしをなめてるんじゃない?
いい加減にしろよな。
「でもチトセ、君は賢いだろう? 一月を過ごして分かったよ。一緒にこの国の覇権を握ろう」
「ふん、そんなに権力が欲しければ、反乱でも何でも起こせばいい。
自分の手で陛下を討てば? 将軍は武人なんでしょ?」
「それは無理だよ、チトセ。君は何故この城が浮いているか知ってるかな?」
「いつも移動して、しかも空を飛んでる城なら、外敵や逆賊から守るのに有利だからでしょ」
「うん、正解。では、こんな巨大な城を動かす動力は何だと思う?」
は? え〜と、この国の動力の大半は魔力。
石油はないらしい。
石炭くらいはあるのかも知んないけど、この国じゃ使われてない。
一般の魔族はランプとかロウソクを使ってるんだってさ。
そもそも、電気や熱でこんなデカイ城が飛ばせるとは思わないけどね。
羽根もプロペラもないんだから。
「やっぱり、魔力しか考えられないね」
「そう。しかも魔王の魔力だ。だから代々の魔王は魔族の中でもっとも魔力の強い者がなるんだよ。
余剰を蓄えているから、魔王が急死しても一年くらいは大丈夫だけど、その余剰魔力を使い切ったら、この城は落ちるよ。
ちなみに俺にはこの城を支えるだけの魔力はない。
だから一番いい方法は、魔王を裏から操ること。その為には陛下の弱点を押さえないとね」
「その弱点があたしだっていうのね」
ちなみにこれは問いかけじゃなくて、確認。
将軍はなぞなぞを解いた小さい子どもを見るような目で笑う。
マジで馬鹿にするにも程があるっちゅうの。
「俺が欲しいのは権力だ。兄がいるから領地は継げない。
腕に自信があったから表の十将軍にまで登りつめたけど、将軍は国政にまでは口を挟めない。
あの大臣たちはフェイの手の者と君が言えば、陛下は信じてくださるじゃないかな。
フェイのヤツを宰相の座から引きずり落とし、裏の十賢者の証を剥奪し、追放する。
俺が初の将軍職からなった宰相で君が王姉。
二人でこの国を牛耳ろうじゃないか。
君とならきっと出来るよ。君だってもっと贅沢したいだろう?
元の世界の話をよく話してくれたけど、向こうではただの庶民なんだろう?
本当に戻りたいのかな? 戻らなきゃならないと、そう思い込んでいるだけじゃないのかな?」



将軍はこの漆黒の長い髪をすきながら、熱っぽく語る。
多分、キュレオリアが生きてた頃から抱いてたんだろう夢物語を。
でもね、やっぱり将軍は分かっちゃいないね。
あたしはワザと皮肉な笑みを浮かべて将軍を見上げた。
「そう将軍は言うけどさ、そんなに上手くいくと思ってんの?
あのジュトーの兄さんが黙って追放されるワケないじゃん。
それに魔王陛下がそんなウソに騙されるような可愛い性格してるってマジで信じてんの?
んなワケあるかっての。そんな中身も可愛かったら、あたしはとっくに元の世界に還ってるよ。
あの人たちにゃ、可愛げのカケラもありゃしないよ、特に政治に関してはね。
そんなこと、会って一月のあたしより、長い付き合いの将軍の方がよく知ってると思ったんだけど、あたしはあんたのこと、どうやら買いかぶり過ぎてたみたいだね。
あーあ、野心だらけの男ってヤだね。自分の都合のいい風にしか考えられないヤツは特にな。
悪いけど、あたしはそんなに権力に飢えたりしてないもんでさ。
むしろ気ままな一般ピープルの方がいいや。
王姉殿下スマイルって、顔疲れるんだよね。
お上品な喋り方はムズがゆくなるし。
あたしはそんな柄じゃないってさ。
大体、この世界にはテレビもパソコンも漫画もないんだよ。
この世界もいい所たくさんあると思うけど、あたしはあっちの世界も好きなの。
そりゃ、いいトコばかりってワケじゃないけどさ。
そんなに捨てたもんじゃないって思ってるからね。
つまり、答えはノー。
分かる? あたしは協力しないよ。やるなら一人でやるんだね」
「断るというのか?」
「そうだよ。将軍は大人しく部屋を出てくべきだと思うけど?
これ以上罪を重ねても、いいことは一つもないでしょ」
将軍は信じられないって顔をする。
彼の辞書には、権力を欲しない者は皆愚か者って載ってるんじゃないの。
そんな偏った辞書なんて、使いモンにならないと思うけどね。
「……致し方ないな」
「ちょっ、何すんだよ!」
将軍があたしの体をまたぐ。
今までは左手であたしの両手を頭の上に押しつけてはいたけど、将軍の体は横にあったんだよ。
いや、でもっ、ちょっと待てや!
これってもしかして、貞操の危機ってヤツですか!
「なぁ、チトセ。考え直さないかな? チトセは顔がいい男が好きだろう?
言うことを聞いてくれたら、手荒な真似はしないよ?」
将軍はそう言いながら、右手で弄んでいた長い黒髪に唇を落とした。
はっ、今更そんなキザなマネされてもね。
「乙女の部屋に不法侵入した時点で、そんなこと言う資格はないんだ、よっ!」
今だ!
あたしは右足を思いっきり振り上げた。
っしゃあ! 手ごたえアリ! クリティカルヒット!
あたしの両手を押さえつけていた左手が離れた。
将軍は股間を押さえてうずくまってる。
はっはっはっは。
いくら魔族とは言え、そこはダメでしょ。
女をなめると、痛い目に会うってことを学習するんだな!
あたしはその隙に将軍の下から這い出して、ベッドから転げ落ちた。
念のため近くにあった椅子を持ち上げて、将軍に投げつける。
けどそれは将軍の数十センチ手前で何かに阻まれて砕け散った。
「げっ」
ヤバッ、結界ってヤツ?
逃げなきゃ!
くるりとドアに向かって猛ダッシュ。
ドアノブに手をかける。
って、ちょっと待て!
また開かないんだけど!
ドアノブがビクともしない。
くそっ、またか!
「無駄だよ、チトセ。かけた者しか解けないまじないをかけたからね」
その声はすぐ近くから聞こえた。
振り返れば冷たい眼をした将軍が立っていた。
声の調子は変わらなくても、そこに感じる温度は絶対に低い。
「なるほどね、あたしは袋の中のネズミってワケ?」
「そう、そして俺がネズミを捕まえる罠をしかけた魔族様だよ」
「ふん、猫じゃないの? 権力って大きな魚を身の程も知らずに獲ろうとしてる猫」
ぐぁはっ。
いきなり首を絞められた。
くっ、息が。
「お前はやはり愚かだな! いくら生まれ変わろうとも、その愚かさだけは変わらないらしい!」
何か言い返そうにも、首を絞められちゃ、息をすることすら難しい。
ヤバッ、落ち着け、あたし!
ジュトーの兄さんの言葉を思い出せ!
集中! 目の前にあるモノに意識を集中させて、一気に開く感覚!
ざわりと長い黒髪がうごめく。
せめて意識が続いてる内に、コイツを叩きのめさなきゃ気がすまない!
あたしの意識が途切れるのが早いか、コイツを叩きのめすのが早いか。
うぅ、段々目がかすんできた。
その時、直接脳に響くような声がした。
「         」
上手く聞き取れなかったけど、それと同時にまた魔力が暴走を始めた。
つーか、嵐?
周りのものが舞い上がって、追跡装置でもついてるみたいに将軍目がけて飛んでいく。
あたしの首を絞めていた将軍の手が離れる。
そして、あたしの意識は深い底に落ちていった。



そこは真っ白いトコだった。
目の前にいるただ一人を除いて、そこに色はない。
「やっほー、チトセ! 初めまして、かな?」
「あんたがキュレオリア?」
「うん、そう。キューちゃんでもレオちゃんでも好きなように呼んでね♪」
ちょっと待て、こんなにテンション高いキャラだったのか?
キュレオリアって……。
大人しそうな外見してるクセに。
何か力が抜けるなぁ。
「……あんた、さっき何か力貸したでしょ」
「うん。だって絶体絶命の大ピンチだったじゃない?
普通はああいう所でカッコイイ王子様とか従者とかが助けに入るのが王道だと思うんだけど、それも望めなかったんだもん。ちょっとくらいなら、いいかなぁって」
「いいかなぁって、オイ。あんた、ずっと見てたワケ?」
「まさか。ずっとじゃないよ。ビューが私を起こそうってした時からかな?」
「それって、ほぼずっとじゃん。つーか、何で出てこなかったのさ。
陛下はあんたに会いたがってたんだよ」
「あはっ、そうみたいだね」
「あはっ、ってあんたね」
「だって、私もう死んじゃってるんだもん。もう四十年も前にね。
今はチトセが私の魂を持ってるワケじゃない? 私はそんな出しゃばりじゃないもん」
「ふん、あっそう。つーか、あんたがあのワガママ自己中を育てたんでしょ?
一言、文句言わせてもらうからね」
「う〜ん、ごめんねぇ。でもビュー、普段はしっかりした子だよ?」
「……知ってる」
いくらあたしに会いに来ても、公務だけは絶対手を抜かないって、ジュトーの兄さんが言ってた。
そしてキュレオリアが、ちょっと困ったような顔をする。
「結局、私がビューを捨てちゃった形になるしね。
いくらビューが魔王になった後とは言っても、なってからの方が寂しかったと思うし、何度謝っても足りないくらい、悪いと思ってるよ」
「それでもいい、恋だったの?」
「うん。私は後悔してないよ。権力なんかより、あのひとの方が大事だったんだもん」
「相手、人間だって?」
「うん。旅人でね、行き倒れてた所を私が見つけて、地上の別荘で看病したの。
その後はもう、恋に落ちるってこういうことなんだって思ったくらい唐突にね、好きで好きでたまらなくなっちゃって、でもすごく悩んだんだよ。
私は魔族で、しかも魔王の姉でしょ? これでも結構魔力強いんだよ。
寿命は多分、あのひとの何十倍もあったと思う。
結局、二人して死んじゃったけどね。
あのひとね、東の人間の国の王弟だったんだって。
兄王に追われて、この国まで逃げて来たけど、追っ手に見つかっちゃってね。
次に生まれ変わる時は、あのひとと同じ人間に生まれたいなぁって思ってたら、本当に人間に生まれ変わっちゃって、起きた時びっくりしたもん」
「……いいの?」
「何が?」
「だから、ホントにあんたが表に出なくて」
「やっだなぁ、チトセったら。いいって言ってるでしょう?
それにあのひとがいない世界に生きてもしょうがないもん。
このまま何度も生まれ変わってたら、きっとあのひとにまた会えると思うんだ」
そう言うキュレオリアの目は、キラキラ輝いてて、なんか眩しい。
ちょっと羨ましいんかな、あたし。
「私はチトセと同じ魂だけど、同じひとじゃないよ。核が同じだけ。
ビューもそれを分かってると思うよ。
自分を捨てた私より、きっとチトセのことが大事だよ、今は」
「それ、微妙に嬉しくない。あたしはこっちも嫌いじゃないけど、帰りたいんだってば」
「う〜ん、ビューの姉としては、残念って言っておくね。って、そろそろかな」
「は? 何が」
「あのね、私は本来は眠ってるっていうのかな? そういう状態なの。
なのに無理矢理起こされちゃって、一つの魂が二人の人格を動かすのって負荷が結構かかるのね。
魔力も私が使っちゃったし、そろそろまた眠る時が来るの」
「お別れってコト?」
「だから違うってば。私はチトセの中にいるから。でももう出てこないよ。
多分、私が眠ったら姿も元に戻るんじゃないかな」
「ホントに?」
「うん。あれは私を起こそうとして、私が拒否したから体だけ起こされちゃった状態なんだもん。
あっ、そうそう。一つ、チトセに頼みごとしたいんだけど、いい?」
「内容によってはね」
「大丈夫だって、そんなに難しいことじゃないもん。
手紙をね、渡して欲しいの。今チトセが使ってる部屋の、白い鏡台のひきだしの奥にあるから。
それをビューに渡して欲しいんだ。四十年前、渡せなかった手紙」
「オッケ。分かった。渡せばいいんでしょ?」
「有難うチトセ! じゃ、そろそろ眠るね。最後にチトセと話が出来て良かったよ。
ふつつかな弟だけど、よろしくね! 根は悪い子じゃないから!」
「ちょっ、待てや! コラ! 消えるな! よろしくねじゃねぇだろ! オイ!」
「あははははは、ば〜いば〜いき〜ん♪」
「いや、マジであんたが起きたのはあの時か!
だったら何で、いつもあんぱんにコテンパンにされてるばいきん野郎の捨てゼリフが言えるんだ!?」
うおっ、引っ張られる! つーか弾き跳ばされる!
白の世界がぐちゃぐちゃに混ぜた絵の具みたいに歪んでるじゃん!
ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! 目が回るし!
ヴぇ、気持ちわるっ!



ふっと、意識が浮上する感覚。
気持ち悪さを堪えて目を開けると、陛下のどアップがあって、マジでビビった。
「あ、あ、あ」
「あ? 何? あんぱんでも食べたいんですか?」
「姉上!」
「ぐはっ」
「良かった。姉上が無事で本当に良かった!」
ちょっと待て! 苦しいから! マジで苦しいから!
んな抱きつくな!
毎度毎度同じコト言わせんなよな!
あんたの力は普通の五歳児並みじゃないんだっつーの!
「気がついたか」
「あ、宰相閣下」
陛下に抱きつかれながらも、何とか体を起こすと、いつもに輪をかけたように不機嫌なジュトーの兄さんがため息をついた。
「あ、宰相閣下ではない。かなり派手にやったようだな」
「え?」
あー、こりゃひでぇや。
大型家具があっちこっちにちらばってるわ、壁に大穴開いてるわ、もうぐっちゃぐちゃ。
もしかしないでも、これやったの、キュレオリアの魔力だよなぁ。
「……弁償とか、しなきゃダメですか?」
そんな金、持ってないんですけど……。
そういうと、兄さんはまた大きなため息をついた。
「そんなことは気にせずともいい」
「そうだよ。姉上が無事だったのだから、それだけで十分だよ。
ごめんね、もっと僕が気をつけていれば、こんな目に会わなくてすんだのに……」
あぁあぁ、またそんな涙浮かべて。
君主がそう簡単に涙なんて見せるもんじゃないって。
大体、もう百六十歳なんだからさ。
「別に、そんな気にしなくても大丈夫ですよ。結果オーライってヤツです」
いくらかはあたしがもっと気をつけておかなきゃなんなかったコトが原因だったし。
なおも抱きついてくる陛下をひっぺがし、寝間着の裾を払う。
そして目に入ってきたのは、長い黒髪じゃなくて、肩口までの茶髪。
キュレオリアの言った通りだったみたいだね。
う、キュレオリアの服、胸の辺りがゆるくて、腹が苦しい……。
何かムカつくな。
久しぶりの自分の顔を、倒れてる鏡台のひび割れた鏡に映す、何だか気恥ずかしいもんだ。
っと、そうそう。
白い鏡台ってコレだよな。
よっと。
ひきだしを全部引っ張り出して、散らばった中身の中に、黄ばんだ封筒を見つけた。
まぁ、四十年もこの中に入ってたみたいだし、元は白かったんじゃないのかね。
宛名は“親愛なる弟、ビュレフォースへ”。
裏にはキュレオリアのサインが入ってるし、コレで間違いないな。
ハイと手渡した手紙とあたしの顔を、陛下は交互に見る。
「姉上?」
「そう、コレ、陛下の姉上から」
「え?」
「だからキュレオリアから、陛下に宛てた手紙を渡してくれるように頼まれたんですよ」
「姉上が……」
陛下はその手紙をじっと見つめてた。
結局、あたしはその手紙の内容は知らない。
けど、まぁ、多分それは他人が知っていいことじゃないんだろうと思う。