あたしの弟は魔王サマ!? −6−

あたしの弟は魔王サマ!? −6−

 はぁはぁはぁ。
あまりの臭さに耐え切れず、あたしは部屋の外に逃げ出した。
腰のあたりに、まだお荷物がへばりついてたけど、そんなのにかまってる余裕はハッキリ言ってない。
いや、ホントに。
あれだよ。何をおおげさなとか、思ってらっしゃるであろう、そこのあなた!
甘い、実に甘い!
チョコレートケーキの上に生クリームをのせて、粉砂糖をかけちゃうほど甘い考えだよ!
あの臭さは体験した者じゃなきゃ、絶対解かんないって。
まぁ、強いて例えるなら、一年風呂に入ってないオッサンが、ヘドロが溜まってそうなドブ川で水浴びをした後、くさやと納豆とニンニクを食べて吐いた息に、なおかつ生ゴミの腐臭をブレンドしたような、感じ?
もちろん、そんな臭いを今まで嗅いだことなんてないけどさ。
イメージだよ、イメージ。
それくらい臭かったってコト。
あんな体験は二度とゴメンだ。
「姉上、大丈夫?」
「大丈夫なワケあるはずないしょう。何でいきなりタックルかましてくるんですか? ワザとですか? ワザとですね? いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも! 腰痛めたらどうしてくれるんですか? 若い身空でギックリ腰とかシャレにならないんですけど。大体、陛下はあれですね、人の話を聞かなさ過ぎですよね。世界の全てが自分中心に動いているという天動説でも信奉してらっしゃるんですか? 世界は私の為にあるとでも思ってらっしゃるんですか? 自分にそうなる値打ちがあると思ってるから、そんなことが出来るんですよね? でもそれって自己中にもほどがあると思いません? あぁ、思ってたらそうはなりませんよね。すみませんでした。じゃあ言い方を変えます。今すぐそのことを自覚してください。そしてあたしを元の姿に戻して、元の世界に帰らしてください、つーか、むしろ帰せ、ボケナス」
はぁ、はぁ。
ここまで一気にまくしたてました。
う〜ん、ストレスって溜め込むと体に悪いからなぁ。
ただでさえこの一月、ストレスたまる生活してるってのにさ、さらに追い討ちをかけるようなことを、なんでまたしでかしてくださるんですかね、陛下は。
何だか言いにくそうに下向いてるけど、同情なんてカケラもしませんよ?
「あのね、姉上。お話があるの」
お〜い?
ホント、人の話は聞きましょうや。
何で、そこで自分の話になるかな、オイ。
「……あたしの言ってることが分からなかったなら、もう一度言って差し上げましょうか?」
ノンブレスでな。
「ううん、姉上のお話は分かったよ。つまり元の姿に戻して、元の世界に帰せってことでしょう?」
「そうです。今すぐ帰してください」
「でも、僕は嫌だし」
オイ、コラ。
「それにね、僕のお話の方が大事だから」
「……あたしの話は大事じゃないって言うんですか……」
「えへ」
えへじゃねぇぞ! えへじゃ!
頬を染めてもじもじすんな!
それでも百六十歳か、ワレ!
「それで? 陛下のあたしの話より大事な話って何ですか?」
腹の底からひっくぅーい声を出してやる。
しかもいつもは浮かべないような極上の笑顔付きだ。
「うん、あのね……」
普通にスルーしてくださる陛下が、あたしは大っ嫌いです。
「姉上? 聞いてる?」
「カケラも聞いてません」
けっ、聞けるかっつーの。
あー、あなたがそんな怒った顔したって、まったく怖かないですよ。
すねたように睨んでも無駄だって。
美人さんが怒ると怖い法則は、もっと大きくなってから適用されるもんですよ。
今は可愛い子はいくら怒っても、全然怖くない法則が適用中だよ、アンタは。
「もぅ、姉上! とっても大事なお話だって言ったよね? ちゃんと聞いてよ」
「ハイハイ」
まぁ、一応聞いて差し上げますわ。
あたしにとって有益な情報かも知んないしね。
「本当にちゃんと聞いてね。とっても大事なお話だからね」
「分かってますって」
しつこいなぁ。
「あのね、今ね、ちょっとお城の中がゴタゴタしちゃっているの。派閥争いみたいのが出来ちゃってね。
僕も治めようとしているのだけど、水面下で動かれると中々難しくて。
でね、その中で姉上を利用しようとしている輩がいるって情報が入ったの。
まだ詳しい出所が分からないから、特定を急いでいるのだけど……。
姉上、絶対一人にならないでね。
あと、あまり親しくない人と二人っきりとか、大勢対一人とかにならないように気をつけて。大丈夫?」
「分かりました。気をつけますよ」
あー、あたし最近張り切っちゃってるからなぁ。
ちと裏目に出ちゃったカンジ?
陛下が“姉上”に執着してるのは、皆知ってるもんね。
そういう輩が出るのは、むしろ自然な流れかもな。
うんうん、どの世界のどの時代でも、権力って魅力的なのね。
まぁ、あたしは権力とか、どうでもいいけど。
「本当に大丈夫?」
あ、何さ、その疑わしいものを見るような目は。
あたしにだって、それくらいの知識はあるんですからね。
権力争いの醜さは、古典の世界にだってあるんだからな。
「大丈夫ですってば、陛下。キチンと気をつけますよ。
あたしだって利用されてポイッとか、絶対にイヤですもん」
どうせなら、あたしが利用する立場に立ちたいよ。
面倒なことは嫌いだけどな。
「本当に本当に?」
「本当ですってば。あんまりしつこいと、あのべレッタヒッピーの腐った卵を食わせますよ?」
「姉上、あれ、グレンフィビスの卵だよ」
「……そうとも言いますね」
すいません。とうとう一文字も合わなくなりました。



あ〜、何か、ホントにスンマセン。
ちょっとアレですよ。
しくじった?
あはは、まぁ、そういうこともあるさ、うん。
小難しいマナーに毎回てこずる豪華な晩餐の後、見事に捉まりました。
脂ぎったオッサンたちに。
「よい夜でございますな。王姉殿下」
「そうですね、キットカット大臣」
「私の名前はキッチェカッツです、王姉殿下」
「あら、ごめんなさい。懐かしい何かと混同していたようです」
うん、あのサクサク感がたまらないヤツ。
「このような所で、いかが致しましたか」
「少し夜風に当たろうと思いましてやって来たんですよ……ヌーボー大臣」
「ヌーローです、王姉殿下」
「えぇ、そう……ヌーロー大臣」
「しかし奇遇ですなぁ、麗しの王姉殿下と直にお話ができ、大変嬉しゅうございますよ」
「そうですね、サッポロポテト大臣」
「サッテポロンです」
「ごめんなさいね、サッテポロン大臣」
うん、ちょっとヤバイよね。
コイツら、あまり評判が宜しくないらしい、大臣たちらしいし。
部屋に戻って、本読んでたら、小腹が空いちゃって、何か頼もうと思って呼び鈴鳴らしても誰も来やしねぇから、ちょっとそこまで出てきたら、ね、こうなちゃったワケで……。
ぶっちゃけ、ピンチ?
しかしコイツら、あたしのこと馬鹿だと思ったろうな。
全員見事に名前間違えたからね。
これがナイスミドルのオジサマだったら、絶対一発で名前覚えるのに……。
カッコイイ人や美人なお姉さんの名前は、スグ覚えられて忘れない。
我ながら都合のいい記憶力ですこと。
「所で、ここで会ったのも何かの縁でしょう。少しお話致しませんか?」
脂ぎったオッサンその一がさっと、庭園の方を示した。
何? あっちでゆっくり座ってお話しましょうってコト?
絶対嫌です。お断り。
でもねぇ、そう簡単に言えれば、楽だけどね。
まぁ、仮にも王姉殿下とか呼ばれちゃったら、下手なこと言えないんだよね。
好きでやってるワケじゃないけどさ、一応それで衣食住を保障してもらってるワケだし。
どうしたもんかなぁ。
つーか、こんなことになったと知れたら、またジュトーの兄さんの大目玉を食らいそうだ。
うわぁ、マジ勘弁して欲しいわ、ホント。
さっきだって、勝手に部屋から逃げたコト、こっぴどく絞られたんだからね。
兄さんタッパあるし、声だって低いから迫力満点なんだよ。
マジ怖いって。陛下の百倍怖いね。
ホントに最近運ねぇなぁ、あたし。
どうせ囲まれるんなら、美形の兄ちゃんか美人の姉さんの方がいい。
脂ぎったオッサン、しかもブサイク、しかも何か下品っぽいのなんか、最悪でしょ。
「王姉殿下? どうか致しましたか?」
「いいえ。どうも致しませんが?」
「ではよろしいでしょうか?」
「そうですね……」
あたしを暗殺したって、陛下の怒りを煽るだけっていうことは、どんな馬鹿にも分かるハズ。
危害を加えようとはしないでしょ。
コイツらのねらいは、おそらくあたしを丸め込むこと。
舌先三寸や貢物、それであたしを自分たちが有利なように操ろうって腹だね。
つまりはおべっかと賄賂だ。
ここで強く拒否すれば、逃げることは出来ると思う。
なんてたって、あたしの方がここじゃ身分が上だからね。
無理矢理連れて行ったら、コイツらの方が不利だ。
ついでにあたしからついてった場合、あたしの立場が悪くなる可能性があるんだよね。
そこでどんな取引があったかって、勘ぐられるのがオチでしょ。
いくら王姉殿下とか言っても、逆賊と周りに思われちゃうかもだし。
面倒なことは避けたいってのが本音。
ここは引き下がった方が得だね。
それにこんなオッサンたちに囲まれて話なんかしたくないし。
目がギラついて野心丸見え。
あとで陛下かジュトーの兄さんに名前言っとけば、すぐに目つけられるでしょ。
あたしはそう考えて、王姉殿下スマイルを浮かべた。
バリバリの一般ピープルのあたしが一月かけて浮かべられるようになった、最終兵器(?)だ。
「申し訳ございませんが、お断りさせて頂きます。
このような夜更けに殿方とお話するのは、大変はしたないことと聞いておりますので」
色んな小説なんかで読んだ、お上品な喋り方っていうのを実践中。
しかしこれって、現代の大学生のセリフじゃねぇよなぁ。
あー、ムズかゆい!
あたしのキャラじゃないんだって!
こんな姿、絶対友達には見せらんないね!
お前誰だよ! ってツッコミ入るし、絶対。
まぁ、そんな心情を表に出さないくらいに面の皮は厚くなったけどな。
自分がこんなに演技派だとは、思っても見なかったよ。
オッサンたちはまさか断られるなんて思っても見なかったのか、なんか慌てて相談してる。
なんであたしがそんな大人しくついてくと思ってたのかね。
そんなホイホイ後ついてくような尻軽に見えたとしたら心外だね。
まぁ、美人さんだったら、ちょっと考えちゃうけど……多分。
「では、失礼しますね。お休みなさい」
いつまでも馬鹿なオッサンたちに付き合ってるほど、あたしはお人よしじゃないんでね。
さっさと部屋に戻ることにした。



無事に部屋にたどり着いて、あたしはもう一度呼び鈴を鳴らしてみた。
ちょっと待っても、やっぱり誰も来やしない。
なんかオカシイよな。
あたしはふかふかのベッドに腰を下ろして、さっきのことを考えてみた。
普段なら、ちょっと呼び鈴鳴らしただけで、すぐに侍女のお姉さんがすっ飛んでくるのに、誰も来なかったから、あたしは直接出ようと思ったワケだし。
それにあのオッサンたちは、明らかにあたしを待ち伏せしてるみたいだった。
偶然を装ってたけど、それにしては態度が不自然だったね、あれは。
あと気になったのは、オッサンたちが誰かの指示で動いてるみたいだったコト。
相談してる声が少し聞こえたけど、『あの方』がどうのこうのって言ってた。
なんか、ヤバイなぁ。
っていうか、きな臭い。
あんな小物じゃなくて、もっと大物が後ろにいそうだなぁ。
マジで気をつけた方がいいかも知んない。
まさか部屋まで押しかけるってコトはないとは思うけど、念のために窓とドアの鍵とまじないを確認した。
ただ鍵をかけただけじゃ、あまり効果ないらしいからね、強い魔力を持った人にとっては。
「シリアスって苦手なのになぁ」
あたしって、コメディ派なんだよね。
なんでこんなコトになっちゃってんだろ。
権力争いとかお家騒動とか、無縁な世界に生きてたハズなのにさ。
「これもそれもあれもどれも、全部陛下の所為だ! ちくしょう! 何かあったら呪ってやる!」
そんなことを叫んで、これまたふかふかの枕をぺっちゃんこにするため、ボカスカ殴り、とび蹴りをくらわし、ジャーマンスープレックスホールドをキメたトコで、少しスッキリした。もちろん最後はちゃんとブリッジだ。
よし、枕もいい具合にぺっちゃんこになったことだし、これで安眠できるね。
この世界に電気なんてモンはないらしいけど、どういう仕組みだか明かりはある。
ピロッツ将軍に聞いたら、これも魔力がエネルギーらしい。
ホントに便利だね、魔力って。
しかもエコだ。
あたしは明かりを消して、ベッドに入った。
某あやとりと射的が天才的な少年のようにはいかないんで、すぐには寝付けないけどね。
それでも大分うとうととしかけた時、微かな物音がした。
最初は風でしょって思った。
上空に浮かぶ城は、結界が張ってあるとかでそこまでの強風と寒さはないけど、地上に比べればそれなりに風は強い。
初めの頃は気になって眠れなかったけど、最近はもうぐっすりだ。
だから今回も気にしないで寝返りを打つ。
その時、ベッドが不自然に揺れた。
まるで誰かが乗っかって来たみたいなカンジで。
あたしは飛び起きようとして、誰かの手で口を押さえられて後ろに倒れた。
ちょっとまってよ!
まだ頭がスッキリしないんですけど!
え! 何! どうしたの!
声を出そうにも押さえられちゃ無理だし!
「むがっ、もがっ」
暴れようとした手は、まとめて頭の上に押さえつけられた。
「大人しくしろ」
え……?
この声は……もしかして……。
暗闇に慣れた目に、目の前の男の顔がぼんやりと見えた。