あたしの弟は魔王サマ!? −3−

あたしの弟は魔王サマ!? −3−

 まぁ、自分でも何が起こったんだか、よく分かんないんだけど、とにかくあたしは無事、地面に着地することが出来た。
やっぱり怖くて落下中、目つぶっちゃったんだけど、何の衝撃もなくて目を開けたら、ピロッツ将軍の爽やかな笑顔が、どアップでありました。
いやぁ、近くでも見てもガッカリしない男の人って、なかなかいないもんだと思うんだよね。
何か魔族って美形率高いっぽい。
って、まだ魔王陛下と宰相閣下と将軍殿の三人しか知らんけどさ。
たまたま美形にばっか遭遇してるんだとしたら、あたし大分運使ってんな。
あぁ、こっち連れてこられたこと自体が運悪いんだから、プラマイゼロか。
ひょいと将軍に下ろしてもらって、お礼を言う。
「ありがとうございます、ピロッツ将軍」
「どういたしまして、チトセ。でも将軍は他人行儀だし、ミハイルでいいよ」
「え〜と、善処します」
なんか政治家のヘタな言い訳みたいだけど、年上の人を呼び捨て出来るほど、あたしアメリカナイズされてないもんで、心の中では将軍って呼び続けます。
すんません。
こうして同じ地面で向き合うと、将軍は結構背が高かった。
百八十近くあるんじゃないかな。
あぁ、でもジュトーの兄さんのが高そうだな。
あの兄さんバカでかかったし。多分百九十はあるよ、ありゃ。
威圧感ありまくってたからね。
うんうん。それに比べて将軍は丁度いいサイズだわ。
やっぱり高けりゃいいってモンでもないっしょ、背丈って。
将軍が落ち着いて話せる四阿(あずまや)があるというので、案内してもらうことにした。
その道すがら、将軍はズバリと尋ねてきた。
「異世界から連れてこられたって、本当?」
「あの、何でご存知なんですか?」
「城はもうこの噂で持ちきりだからね」
あたしが連れてこられたのは、多分昨日か今日あたりだと思うんだけど、情報が早いな、オイ。
まぁ、噂ってそんなモンだけどさ。
「そうなんですか」
「うん。だから一足先に一目見たくて、あそこまで行ったんだ」
偶然じゃなかったのか。
そうだよねぇ、そうそう都合のいいことあるワケないし。
「でもびっくりしたよ。叫び声が聞こえた時はね」
「すいません。それは忘れてください……」
将軍、お願いですから、思い出し笑いとかしないでくださいよ!
よりにもよってこんなカッコイイ人に聞かれるとは、余計に恥ずかしいったらないな、くそっ!



その後、将軍から得た情報によると、この国の住人はやっぱり大抵が魔族で、将軍自身もそうらしい。
魔族っていうのは、その身に宿した魔力が大きければ大きいほど、歳をとるのが遅くなるんだそうな。
あの外見五歳児の百六十歳の陛下は、そういった理屈で成り立つらしい。
あ、でも精神年齢は外見に比例するんだって。
能力なんかはまた別らしいけど。
「じゃあ、やっぱり陛下は歳をとるのは遅い方なんですか?」
「あの方はかなり特別だよ。何せ俺は今、百八十四歳でこの外見だからね」
あたしの目には、将軍は二十代半ばくらいにしか見えないんですけどね。
なんかもう、自分がスゴイひよっこに思えてくるわ。
あっちの世界でもひよっこに違いはないけどさ。
「あの、普通の二十歳前後の人って、どのくらいの外見なんですか?」
「う〜ん、二十歳くらいだと、多分、陛下くらいか、ちょっと上くらいじゃないかな?」
つまりあたしって、スゴく老けて見えてるってことですか、そうですか。
こっちの人、っていうか魔族には、あたしって何歳くらいに見えてんだろ。
……聞くの怖いから、やっぱり止めとこ、うん。
将軍に案内された四阿は、周りから浮いてるわけでなく、埋もれてもない、
絶好の趣がある所だった。
キチンと手入れもしてあるし、いいトコだわ。
「気に入った?」
「はい」
「それは良かった」
にっこりと笑う将軍の笑顔が眩しく見えるわ。
爽やかで癒されるもん。
ついついあたしも笑い返しちゃうし。
「あ〜ね〜う〜え〜!」
ぐはっ。
うぅ、いきなり腰にタックルかまされて無事に済むのは、レスリング選手ぐらいだってコトを分かってください、陛下。
気配なかったんですけど!
「あれほど勝手な行いを慎むよう、申し上げたはずですが?」
ジュトーの兄さんの低ーい声が、遥か頭上から降ってきた。
あはは、座ってると更に威圧感を感じますねぇ、オマケに逆光っスか?
ヤバッ、怖!
魔王陛下の手が回された腰もかなり痛いんですけど、恐怖って点じゃ兄さんのが上。
でもねぇ、それで素直にゴメンナサイできるほど、あたし、可愛い女じゃないし、人間も出来てないんだよね。
だからにっこり極上の笑顔を浮かべて言ってやる。
「あら、申し訳ございません。何せ右も左も分からない世界にいきなりつれてこられて、何も知らされずに閉じ込められたものですから、自分が置かれている状況の把握に努めようと思うことは、至極当然のコトだと思いますし、あたしはそれを実行に移したまでですけど、もし仮に事前に説明してくださっていたら、納得するしないは別にしましても、このような無茶はしなかったことと思いますわ、閣下」
つまりは『てめぇらが説明しないのが悪いんじゃろうが、ボケ』ってコト。
さっきはいきなりワケ分からんことばかり言われてたから、一方的に言われっぱなしだったけど、普段のあたしがそれに甘んじると思ったら大間違いだ。
いくらオブラートに包んだって、言葉の端々のトゲに気づかないのは、よっぽどのにぶちんだけでしょ。
案の定、ジュトーの兄さんの周りの空気が一、二度下がった。
眉間のしわも更に深まる。
気圧されそうになるけど、ここで退いたら負けだ。
そしたらあたしはもう、言いなりになるしかなくなっちゃうだろう。
そんなのは絶対にゴメンだ。
あたしは浮かべていた笑みを消して、勝負をかけた。
「あたしは黙って言うこと聞くような、お人形さんじゃありませんから」
これはジュトーの兄さんだけに向けて言ったんじゃない。
人の腰にへばりついたまんまの陛下にも向けて言ったつもり。
あたしは魔族じゃないし、ましてや魔王の姉でも、キュレオリアって人なんかじゃない。
人の都合も考えないヤツに言うこと聞けって言われて、はい、そうですか。
なぁんて、言えるワケねぇっつーの。
ふざけんな。
「姉上?」
あたしの声の硬さに気づいたのか、陛下が顔を上げる。
不安気な顔だけど、あたしはもう、それにほだされたりしない。
きっぱりと言い切る。
「あたしはキュレオリアなんかじゃありません」
「違うよ! 姉上は姉上だよ! 僕には分かるもの。魂で分かるの!」
ぎゅっとしがみついてくる陛下をひっぺがす。
陛下が求めてるのは、キュレオリア姉上でしかないってことは、はなっから分かってた。
でもさ、ここまで“あたし”を否定されたら、腹立たしいったらない。
まるであたしの存在意義がないみたいじゃん。
「姉上……」
伸ばされた手をぴしゃりとはねのける。
もう我慢の限界だ。
元々あたしはそんなに気の長い方じゃない。
「だからあたしは尾上千歳だって言ってるでしょ。前世だとか魂だとか、そんなの知ったこっちゃない。
もうアンタの姉上でもなんでもないんだ、さっさと元の世界に返して」
敬語なんてもう使わない。
敬語を使ってやる価値もない。
巨大な力を持ったのがこんなお子様だから、余計に始末が悪いんだ。
この国の人に同情するね。
どんなに実務能力が高かろうが魔力が強かろうが可愛らしかろうが、中身がこれじゃ、一国の君主として失格だ。
自分のことしか考えられないようなクズ、あたしだったらさっさと見限ってる。
「早く返せ、自己中」
もう爽やか将軍の前だとか、不機嫌兄さんの前だとか、どうでもいいよ。
あたしは帰るんだから。
陛下もこれで優しい姉上はどこにもいないって思い知ったでしょ。
「……もん」
「はぁ?」
陛下が小さな声で呟いた。
あまりにも小さくて、全ッ然聞き取れなかったけどな。
「姉上はいるもん」
「いるかよ」
ここにいるのは尾上千歳だって、何回言ったら理解するんだ?
このお子様は。
「いるったら、いるんだもん!」
「いねぇつったら、いねぇんだよ」
「姉上はいるっ!」
ぐふっ!
陛下が叫んだと同時に、腹の奥だか胸の下だか辺りから激痛が走った。
それが段々全身に広がっていって、痛みに耐え切れずに倒れる。
「チトセ!」
将軍の声が聞こえた気がするけど、よく分かんない。
あまりの痛さと熱さに、体を丸めて胎児のような格好になる。
くそっ、何だこりゃ!
ハラワタを鍋につっこまれて、ぐるぐるとかき混ぜられてる気分だ。
つまりは最低。
こんな痛み、今まで味わったこともない。
頭のてっぺんから足の爪先まで、体中がビリビリする。
涙や油汗は流れるし、息もまともに吸えない。
「ううう」
とにかく苦しい。
痛いと叫ぶこともできない。
ただうめく。
あたしには何時間にも感じられたこの拷問のような時間も、実際には数十秒くらいだったらしい。
始まった時とは逆の順序で、体が徐々に楽になった。



息が吸えるって、こんなに素晴らしいことだったんだ。
大きく深呼吸して、そう思った。
「キュレ……オリア…様……?」
うろたえたような将軍の声に、だからあたしは違うんだって、と言おうとして、あたしは凍りついた。
体を起こした拍子に“長い黒髪”が頬にかかったからだ。
あたしの髪は、軽く明るくした茶髪だ。
それに長さだって肩にかかるくらいだった。
なのに今は大分長い。
多分立ったら膝裏くらいまでなるんじゃなかろうか。
信じられない思いで、自分の手を見る。
違う!
これはあたしの手じゃない!
あたしはこんなに色白じゃないし、こんなすっとした指じゃない!
「なっ」
思わずこぼれた声に凍りつく。
今の声があたしの声?
声まで違う……。
この体は“あたし”じゃない。
尾上千歳って人間じゃない……。
「なんじゃこりゃ〜!!」
ばしゅん!
叫んだ途端に、衝撃波出しちゃいましたよ!
二度びっくりだ!
髪の毛はざわざわするし、樹も風もないのにうごめいてる。
なんつーか、こう、ほとばしる熱いパトス?
いや、それは違うか。
思い出は裏切るかもしんないけど。
「な、な、な、な」
髪の毛押さえてるのに、何でうねうね動くの!
怖! メデューサもびっくりだ!
「落ち着け!」
ジュトーの兄さんがあたしを抑えようとする、が、だが、しかし、然れども!
「こんな状態で落ち着いてられっかぁ!」
ばしゅん!
うおっ、落ちてきた葉っぱが吹っ飛んだよ!
まるで一流の剣士が出した闘気で破裂したかのようだな!
某赤毛で背の低い頬に十字傷のあるお侍さんが活躍する漫画でこんなシーン見たよ!
「ちっ、魔力の制御が利いていないな」
「はぁ? 魔力?」
「そうだ。ピロッツ将軍、結界を。これ以上被害を広げぬために」
「あ、あぁ」
爽やか将軍が何事か呟くと、多面球の結界みたいなのが広がった。
マァ、コレガ魔法? ハジメテ見ルヨ!
って、片言になってる場合とかじゃないし!
「ナニがドウなってんだよ!」
片言抜けてねぇし!
「……姉上? あれぇ? おかしいなぁ。姉上の魂を呼び起こしたはずなのに……」
陛下が首を傾げる。
また貴様のしわざか!
「は〜や〜く〜も〜と〜に〜も〜ど〜せ〜」
地獄の亡者もビックリな低音でうなりながら、陛下の肩を揺さぶる。
外見ちびっこだからって容赦はしねぇぞ!
このタコが!
「や、だ」
ガクガク頭を揺らしながら、強情にも陛下はそんなことを言う。
「ぬぁんだとぉ!」
「落ち着いて姉上! 深呼吸だよ! ひっひっふー」
「それはラマーズ法だ!」
陛下が口を開く度に怒りのボルテージが上がってく気がするな、うん。
それにつられて、あたしの髪も更にうねうねする。
ジュトーの兄さんが少し考える人になって、ぽつりと呟いたのが聞こえた。
「やむをえんな」
ぐはっ!
いきなりボディーブローをくらったあたしは、再び夢の世界へサヨウナラ、元の世界でレポートの成績が最低のFをもらうという、悪夢を見たのでした。