あたしの弟は魔王サマ!? −2−

あたしの弟は魔王サマ!? −2−

 何さ、無視することないじゃん!
あたしは頭にきて、追いかけて行って文句をつけてやろうと思ってベッドを降りた。
無駄に広い部屋を横断して、ドアノブに手をかけたけど、動かない。
くそっ! 鍵かけやがったな!
ん? でもドアノブって、普通鍵をかけても少しくらいは動くよね?
びくともしないし、鍵穴も見当たんないってことは、もしかして魔法とか?
「ふっざけんな! あたしがどんな苦労してあの大学入ったと思ってんだよ! 灰色の受験生活を終えてやっと薔薇色のキャンパスライフと思いきや、毎日の講義は大変だし! レポートはたくさんあるし! 試験だって大変なんだぞ! やっとの思いで一年過ごして、二年目突入してんだよ! こんなことで退学になってたまるか! 今までの苦労を無駄にさせんじゃねぇよ!」
只今、当社比1.5倍で口が悪くなっております。ご了承ください。
厚そうな立派な木製のドアをどんどんと叩いたけど、誰も来やしない。
おまけで蹴り飛ばしたけど、裸足だってこと、忘れてたヨ!
めっちゃ痛ぇ!
つま先を抱えてのた打ち回ってる様は、きっと傍から見たら馬鹿みたいなんだろうな。
けどさ、実際に当事者になってごらんなさいよ。
落ち着いた行動なんざ、出来やしないって。
大体さぁ、こういうのって、一人くらいは協力者がいるもんじゃないの?
いきなり異世界に連れ去られちゃったのを理解してくれる人がさ。
あたしは出来ればカッコイイ兄さんがいいな。
ジュトーの兄さんみたいな不機嫌な面したんじゃなくて、もっと爽やか系でさ。
はぁ、何だか虚しくなっちゃったな。
とりあえず、現状把握、行ってみますか。
そういえば肩丸出しだし。
なんか羽織るもんないかな?
あと、靴ね。
あたしは壁際に並んでる豪華で品があって絶対年代モンって一目で分かるタンスを端から開けてく。
中にはドレスがびっしり詰まってた。
綺麗なドレスを見れば、ちょっと体に当ててみたくなるのが乙女ゴコロってヤツでしょう。
タンスの扉の内側についてる大きな鏡に、姿を映してみた。
「……似合わね」
なんていうかさ、まずサイズから違うんだよ。
癪なことに、胸はあまって腹はキツイ感じ。
別にあたしがそんなにぺチャパイってワケじゃないよ? 言っとくけど。
このドレスの主が良すぎるんだって、体型。
絶対DかE以上あるよ。
グラビアモデル並み、まではいかないか。
これまでならコルセットでも閉めんのか、って一応納得はできるけど、
色もさ、微妙に合わないんだな、これが。
あたしはファッションセンス、そんなに良くないから、詳しくは分かんないけど、自分に似合うか似合わないかくらいは分かるつもり。
あたしがここの衣装じゃなくて、黒のワンピース着せられてるワケが分かったわ。
シンプルなデザインはあたし好みなんだけどなぁ。
でもこれを見たら、どんな馬鹿にだって分かるでしょ。
これはあたしのじゃ、尾上千歳のじゃない。
オレ……じゃなかった、え〜と、キュレ……そう、キュレオリアのだ。
きっとこのドレスだけじゃなくて、この部屋自体がキュレオリアの部屋だったんだと思う。
なんだか、拒絶された気分だ。
ここはあたしがいるべき場所じゃないって、この部屋全体が言ってるみたい。
あたしだって好き好んでいるわけじゃないのに……。
はぁ。
ため息を一つついて、手に持ってたドレスを元に戻した。
他のヤツ、試す気にもなんないよ。
あたしはガサゴソとタンスの中身を漁って、ショールと靴を発掘した。
靴は何とかサイズが合った。
シンデレラみたいにぴったりってことはないけど、キツくないし、脱げもしない。
まぁ、これなら大丈夫でしょ。
ヒールも高くないから、多少は走れそう。
幅広のショールを羽織って、準備はOK。
大きな窓の側に行く。
外はテラスになっているみたいだ。
こっちも鍵だか魔法だかがかけられてるかも知んないなぁと思いつつ近づくと、どうやら普通の鍵だけしかかかってないみたいだ。
うん、ラッキー。
さっそく鍵を外して、テラスに出た。
「うへっ!?」
テラスの手すりにしがみついて下を見れば、手入れの行き届いた綺麗な庭。
どうやらここは二階みたいだ。
けど天井が高いらしいので、実質的には大体三階くらいの高さにある。
でもあたしが驚いたのは、その先だ。
心のどっかじゃ、これがドッキリって可能性も捨てきれてなかったんだよね。
だってさ、いきなり異世界だの、魔王陛下だの、魔法だのって信じられるわけないじゃん。
百六十歳のお子様だって、担がれてるって思うのが普通でしょ?
あいにくと、あたしこれでも現実主義者なもんでね。
メルヘンの世界はとっくに卒業してるしさ。
でもこれ見たら、信じないわけにはいかない。
ずるずると体の力が抜けてく。
多分これが世に言う、腰が抜けたって状態だ。
ぺたんとテラスに座りこんだあたし。
今日は初めてづくしだわー(棒読み)。
尾上千歳、ギリギリ未成年の主張。
色んな憤りをこめて、叫びます。
「うっそっでしょ〜!」
遥か下の方に見える地面。
これはあれだ、まぁ、なんていうか、魔王の動く城?
いや、むしろラピュ●か。



流石に上空は肌寒くて、あたしはショールをかき寄せた。
で、座り込んだまま、もう一度現状整理。
その一、ここはあたしの生まれた世界じゃございません。
その二、べらぼうに可愛い外見五歳児の自己中魔王陛下は御歳百六十歳。
その三、あたしはその魔王陛下の姉の生まれ変わりだそうです。
その四、宰相閣下は不機嫌な面した美形の兄ちゃん。
その五、あたしが今いるのは天空の城。
以上。
くそっ、ほとんど無きに等しくないですか!
全ッ然質問できなかったもんなぁ。
どうしようか。
こんな時なのに浮かんできたのはレポートのことだった。
空を仰げは真っ青な空が広がってた。
完璧に夜が明けてる。
むしろ太陽の位置からすると、お昼過ぎくらい。
ちなみに締め切りは午後三時。
でも、今からじゃ無理。完璧落とした。
うぅ、あんなに頑張ったのに!
あと三百字ちょっとだったのに!
徹夜までしたのに!
「なんでだコンチクショー!」
はぁはぁ。
思いっきり叫んだら、少しはすっきりした。
でもやっぱり悔しい。
けなげに頑張ってるあたしに、神様はなんて無情なんでしょうね。
あれか? 正月くらいしか詣でないからか?
ちっ、器量狭いな!
「ねぇ、君。さっき叫んでたよね?」
ぶつぶつと呪詛の言葉を吐いてると、いきなり声をかけられた。
ここは二階、よって下を見る。
おぉ! 理想を絵に描いたような爽やか系兄さんがいるじゃありませんか!
前言撤回! 神様ありがとう!
でもアレ聞かれたのは恥ずかしいぞ! チクショウ!
「そ、そうですけど……何か?」
「いや、ちょっと気になったものだからね」
庭とテラスで会話。
ロミオとジュリエットみたいだなぁ。
あぁロミオ様、ロミオ様、どうしてあなたはロミオなの?
って、まだ名前も聞いてないけどね。
「聞き苦しいことをお聞かせしまして……」
「気にすることはないよ。多分俺以外は聞こえてないだろうし」
「はぁ、そうですか」
いや、あなたに聞かれたこと自体、相当恥ずかしいんですけど。
その間を警戒してると思ったのか、爽やか系兄さんが自己紹介してきた。
「あぁ、そうだ。まだ名乗ってもいなかったね。俺は表の十将軍が一人、ミハイル=ピロッツ」
「あ、どうも始めまして。尾上千歳と言います」
「オノエ? 変わった名前だね」
「いえ、尾上は苗字で、千歳が名前です」
「じゃあ、チトセって呼んでもいいかな?」
「えっ、あ、どうぞどうぞ」
ヤバッ、ここ最近、男の人に下の名前で呼ばれたことなんてなかったから、無駄に緊張しちゃうよ。
しかもカッコイイ爽やか系の兄さんにだよ?
まぁ、多少声が裏返ったのは、ご愛嬌と言うヤツで。
「チトセ、そことここで話すのもなんだから、降りて来ない?」
ピロッツ将軍の言うことは、至極もっともなことに聞こえるけど、正直あたしは迷った。
確かに三階相当の二階のテラスと庭とでの会話は、声を張り上げなきゃいけないし、めんどい。
けどさぁ、あたしにも危機管理能力くらいあるんですよ、一応。
ここで顔がイイってだけでホイホイついてくような尻軽じゃないつもりなんで。
それに将軍って名乗ってるけど、それが本当かどうか、判断できないし。
人を純粋に信じられる年頃でもないんだよね、もう。
大分スレちゃってるからさ。
「俺のことが信用できない?」
えぇ、その通りです。
なんて、正直に言えるか!
ここはあれだ。一応困ったような顔をして、否定しとくべきだろう。
うん、早速実行。
「いえ、そんなことは……」
「大丈夫だよ。将軍の名誉にかけて女性を手荒に扱ったりはしないから」
う、その爽やかな笑顔が眩しい!
ここで拒んだら、なんだか悪い気がしてきちゃうね。
こりゃ、女性の扱いに慣れてるって、絶対。
しかも年上年下同い年、全てにモテるに違いない。
う〜む、このチャンスを逃すと、情報を得ることが難しくなるかも知んないなぁ。
さて、どうするか。
あっ、その前にこの部屋、ドアに鍵だか何だかがかかってるから開かないんだっけ?
降りてくの、普通に無理じゃん!
困ったなぁ。
まさか脱出劇さながら、カーテン千切って結んで縄にするわけにもいくまい。
っていうか、こんなに高価そうなカーテンを引き千切るなんて恐ろしいこと、貧乏性小市民のあたしには無理。考えるだけで恐ろしいわ。
だからあたしはその旨を将軍に告げた。
閉じ込められた、貧乏性うんぬんは抜かしてね。
「あの、ピロッツ将軍。お申し出は嬉しいんですけど、降りられないんです」
「大丈夫だよ。飛び降りればいい」
あのぉ? すみません、将軍。
あたし、普通の人間なんで、三階の高さから飛び降りたら普通に死ぬんですけど?
飛び降りはぐちゃぐちゃするんで、勘弁してください。
「無理です」
「大丈夫だって。ちゃんと受け止めてあげるから」
いや、無理でしょ。
落下速度とか重力とかの関係上、三階から飛び降りた人間を受け止めることなんて出来ないハズ。
マットやネットでもあれば話は別だろうけどさ、生憎そんなものは見当たらないしねぇ。
ここの重力が地球に比べて軽いとは思えない。
よって飛び降りたら、将軍もろともつぶれるのが関の山ってトコでしょ。
すんません、あたし、死ぬときは畳の上で大往生って決めてんですよ。
転落死なんてもっての他。だってぐちゃぐちゃなんてヤだし。
なのに将軍は両手を広げて、さぁおいでのポーズでスタンバイ中。
あの自信はどっから来んの?
三階の高さから飛び降りるのは、かなりの勇気が必要だと思うんだよね。
でも、なんだかこの人なら大丈夫な気がしてきちゃったよ。
このままじっとしてても、事態が進むとは思えないしね。
おっしゃ! ここで怯んだら女が廃るわ!
いっちょやったろうじゃないの!
あたしはがしっとテラスの手すりに手をかけて、自分の体を手すりの上に持ち上げた。
「てやっ!」
そしてそのまま空中へと華麗に(←ここ重要)ダイブしたのでした。