俺は姉ちゃんと一緒に学院の校門を見上げていた。
無駄にデカイこの門にたどり着くまでは、最寄駅からバスで20分。

更に最寄の停留所から15分歩かなくてはならなかった。
試験は別の所で受けたから、ここに来るのは今日が初めてだ。
荷物はもう送ったから、通学かばんしか持ってない。
普通は初日って寮に入るだけのハズだけど、なんだか七面倒くさい理由で初っ端から授業らしい。
おかげで俺らは4時半に起きるはめになった。
マジで眠い。
真新しい制服はブレザーで、中高と学ランだった俺は上手くネクタイが結べてない。
なんだか不恰好だ。
それを見た姉ちゃんが、眉間にシワを寄せた。
「中入る前に直しちゃいなさい」
「無理。コレが限界だって。俺がぶきっちょだって、姉ちゃんだって知ってんだろー」
俺がそう言うと、姉ちゃんはワザとらしい溜息をついた。
「まぁ、首からぶら下がってるだけマシか。もうそれでいいよ。
恥ずかしい思いをするのは圭吾なんだし」
ここで直してあげるって言わないのが姉ちゃんだ。
姉ちゃん自身はぴしっと制服を着こなしてる。
ジャンスカっぽい制服はちょっとお嬢風で、似合ってるんだかいないんだか微妙だけど。
姉ちゃん、お嬢さまって柄じゃないから。
「圭吾さ、今失礼なこと考えなかった?」
心なしか姉ちゃんの眼鏡が光ったような……。
「べ、別に考えてねぇよ」
なんで俺の考えてること分かるんだ!?
エスパー?!
「アンタの考えてること、顔からただもれだから」
姉ちゃんが鏡で最終チェックをしながら言った。
「ウソ、俺ってそんなに分かりやすい?」
「かなりねー」
パチンと鏡を閉じた姉ちゃんは、あっさりと言う。
確かに、小さい頃から裏表がないとか、騙されやすそうとか言われ続けてたけどさぁ。
「ほら、ぶつくさ言ってないで、行くよ」
「ちょっ、待ってよ!」
心の準備がまだの俺に構わず、姉ちゃんはさっさと通用門から中に入っていく。
すたすた迷いなく歩いてく姉ちゃんの後を追いながら、辺りを見回す。
ホントに広いなぁ。
建ってる建物も、ただのコンクリっぽくなくてオシャレな感じがするし。
あっ、あれってレンガ作りじゃね?
「がふっ」
「痛ッ」
よそ見してたせいで、立ち止まった姉ちゃんに激突してしまった。
俺と姉ちゃんはそんなに体格が変わらない。
けど、さすがに姉ちゃんは女で、俺を支え切れるハズがなく、俺らは同時にこけた。
思いっきり尻餅つく俺。
姉ちゃんは前に倒れたらしく、膝をついてる。
やべっ。
「姉ちゃん! だい」
「大丈夫か?」
声と同時に目の前に差し出された大きな手。
その手を辿ると、白衣を着た男がいた。
誰だ?
っていうか、何で俺?
姉ちゃんだって転んでるじゃん。
疑問に思いながら、その手を借りずに立ち上がる。
姉ちゃんの方を見ると、無表情に立ち上がって、裾をはたいてた。
怖っ。
あからさまに怒ってる時より怖い。
「ね、姉ちゃん、大丈夫?」
「ちゃんと前を見て歩きなさいよ」
良かった。
姉ちゃん、俺に怒ってるんじゃないや。
怒ってたらこんなもんじゃ済まないし。
怒らせるとマジで怖いし。
「お前、姉ちゃんが怖いのかよ」って、馬鹿にする奴らがいるけど、
ウチの姉ちゃんはホントに怖いんだぞ。
「お前らも姉ちゃんの弟に生まれてくれば、絶対にそう思うハズだ」っていつも反論してる。

……信じてもらえたためしがないけど。
「この人誰?」
こっそり聞いたつもりだったのに、答えたのは姉ちゃんじゃなくて白衣の男の方だった。
「俺はこの綾品学院で社会科を教えている日向だ」
社会科なのになんで白衣!?
「日向先生は私たちを迎えに来て下さったの」
姉ちゃんはなんでツッコまないんだよ!
おかしいだろ! あからさまに!
と、そこであの他人には優しい、悪く言えば外面のいい姉ちゃんが、

白衣教師を紹介するのに無表情なことに気付いた。
まさか、姉ちゃんが怒ってるのは、コイツに対してか?
「ここは少々迷い易い所でな、俺の後をはぐれずについてくるように」
静かに不機嫌オーラをにじませてる姉ちゃんじゃなく、俺の方を見ながら日向が言う。
なんだ? 俺の方が迷子になりやすそうって言うのか。

くそっ、否定出来ねぇ。
日向は言い終えると、さっさと歩き出した。
姉ちゃんが無言でその後をついて行く。
俺も慌ててその後を追った。
なんか、おかしい。
社会科教師なのに白衣を着たこの男も、初対面の相手なのに無愛想な姉ちゃんも。
何かがズレてるような……。
この不思議な感覚を上手く言葉には出来ないんだけど。
あー、なんかひっかかるんだよなぁ。気持ち悪ぃ。




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