混沌なき箱庭 5‐1

混沌なき箱庭 5‐1

 今日もまた、陽が沈もうとしている。
黄昏時だ。
辺りが薄暗くなり、「誰(た)そ彼(かれ)」と問いかける時。
家路を急ぐ人々が道々を行き、家々や宿、食堂から幸せの象徴でもある飯の匂いが漂う。
昼と夜が混じり合う時。
それは、逢う魔が時でもある時。
ぬるい風が吹き抜ける。
飯の匂いに微かに混じる血の臭い。
大通りのざわめきにかき消された路地裏の悲鳴。
助けと慈悲を求める手に振り下ろされるは冷たい鉄の刃。
死にゆく者は何故自分が殺されねばならぬのか理解することもなく息絶えた。
それを知る者はただ冷たい目で骸(むくろ)を見下ろすのみ。
カラスの鳴き声が何重にも重なり響く中、実行者は静かに立ち去る。
序曲はとうに奏でられ始めていたのだった。



さァ、今日も狩りを始めよう。
世界と神に害なす者を狩りに行こう。
この世界は生まれ変わらねばならぬ。
失敗作を葬り去って、完璧な世界を創るのだ。
さァ、異端者をあぶり出そう。
我らの世界は我らで紡ごう。
他人の手など借りぬ。
さァ、皆の者、立ち上がれ。
我らは神の使徒。
悪を正すことを知る者。
さァ、愚かな民よ、目を覚ませ。
我らは神の子。
正常な世界を望む者。
さァ、さァ、さァ。
我らの世界は、我らが手で。
偉大なる神の望むまにまに。