シンデレラの法則

シンデレラの法則

 結局、王子様に選ばれるのは、シンデレラだということ。



放課後の校舎裏。
そこは格好の告白スポットだった。
焼却炉が閉鎖された今、ここを訪れる者も、通りかかる者もいない。
今日もまた、ひとりの女子生徒が、勇気を振り絞って愛の告白をしていた。
「中山くん、好きです。付き合ってください」
その女子生徒は、客観的にいうならば、美人の部類に入るだろう。
サラサラの黒髪が美しい日本美人だった。
彼女に告白されたら、大抵の男は「YES」と言うだろう。
しかし、彼女に呼び出された男子生徒は、言いづらそうに答えた。
「ゴメン。俺、香坂の気持ちは嬉しいけど、それに応えることは出来ない。本当にゴメン」
「かすみが好きだから?」
「えっ、なっ」
女子生徒が尋ねると、男子生徒は目に見えて動揺する。
それを見て、女子生徒は苦笑した。
「やっぱり……そうなんだ。あ、気にしないで。これからもクラスメイトとして仲良くしてね。中山くんの恋は、ちょっとまだ応援出来そうにないけど……でも、邪魔はしないから」
女子生徒が微笑みながら言う。
「いや、香坂がそんなことするはずないって信じてるし。……じゃあ、俺行くわ。本当にゴメン。ありがとう」
そう言って、男子生徒は去って行った。



その姿が完全に見えなくなると、どこからかくすくす笑う声が聞こえた。
途端に女子生徒の顔からは笑みが消え、その美しい眉はひそめられる。
「覗きとは悪趣味ね、高畑遼一郎」
「見事にフラれたね、香坂椿」
椿は校舎の陰から現れた男子生徒を忌々しげに睨む。
遼一郎と呼ばれた男子生徒は、嘲笑うような笑みを浮かべながら言った。
「可哀相に……好きな男を実の妹に盗られるだなんてね」
「そう仕組んだのは、自分でしょう? 白々しい」
椿は低く硬い声で言った。
そう、椿の二つ年下の妹、かすみを中山翔太に引き合わせたのは、遼一郎だ。
遼一郎は翔太の親友であり、椿の気持ちに気付いていた唯一の人物だった。
椿の気持ちを知りながら、翔太がかすみを好きになるように仕向けたのだ。
そして、かすみが翔太のことを好きになるようにも。
「でもさ、俺がどうこうしなくても、きっと君はフラれてたよ。だって、君は翔太のタイプじゃないからね」
「うるさい」
「あ、自覚はあったんだ? 自分がキツイ感じがするって。翔太って、可愛い系のコが好きだしね」
「黙りなさい」
「ほら、そうやってすぐに命令口調になる。そういう所が敬遠されるんだよ」
椿は唇をかみ締めた。
自分がどう足掻いても、可愛い女にも癒し系にもなれないことを知っていたからだ。



他人は、椿には『美人に生まれて得ね』と言う。
かすみには『お姉ちゃんと似てないね』と言う。
どっちも余計なお世話だと思う。
無責任な他人の言葉で、椿は『お高くとまってる』と言われないように努力しなければならなかったし、かすみは自分のことを『ブサイク』だと思い込んでしまった。
それは幼い頃からずっと続いていて、椿は才色兼備な優等生を演じ続け、かすみは謙虚を通り越して卑屈になった。
『だって、あたしはブスだし……』
と、かすみが言う度に、椿は口を酸っぱくして、
『そんなことはないでしょう。私とかすみは系統が違うだけ』
と、言ってきた。
自分と言う姉さえいなければ、かすみはもっと明るいコになっていただろうと思う。
実際、かすみは目をひきつけるような美人ではないものの、可愛い部類に入る。
ただ、椿の方が分かりやすい美人なので、目立たないだけだ。
それなのにかすみは自分のことを『ブス』だと言う。
他人は椿がかすみを引き立て役にしていると言う。
それに苛立ってしまうこともあった。
それぞれ否定すれば、かすみは『お姉ちゃんには分からないよ』と呟き、他人は『美人は性格が悪いっていうし』と陰口を叩いた。
自分は美人に生まれて得だと思ったことなどない。
それなのに、何故、そこまで言われなければならないのだろう。
表面が目立てば目立つほど、中身を見ようとする人間は少ない。
表面を見ただけで、満足してしまう。それが嫌だった。
同じ満点を取ったとしても、他の子は先生に褒められるのに、椿は取って当たり前のような雰囲気があった。
ちょっと調子が悪く七十点代を取っただけで、まるで零点を取ったように教室がざわめくのだ。
たまったものではない。
自分を守る為には、完璧を目指さなければならなかった。



かすみには早く自分の魅力に気付いて欲しいと思っていたが、まさかこんな形で現実のことになるとは思ってもみなかった。
かすみの卑屈を取り払ったのは、翔太と、椿の目の前にいる男だった。
翔太は『え? 普通に可愛いと思うけど?』と言い、遼一郎は『君には君のよさがあると思うよ』と言ったのだという。
どちらも、椿が何度も繰り返してきた言葉だった。
それなのに、椿の言葉は届かず、ふたりの言葉はかすみの心に響いた。
実の姉だから慰めてくれていると思い、赤の他人の言葉だから本音だと認める。
なんて皮肉なことだろうと、椿は思う。
しかし、遼一郎はともかく、翔太は人の本質を感覚的に掴むのが上手い人だった。
そんな彼だからこそ、椿は好きになったのだ。
かすみは、椿が翔太のことが好きだと知らない。
椿はかすみが翔太にひかれていることを知っていた。
そして、翔太もかすみのことを憎からず思っていることにも、薄々感づいていた。
女の直感だった。
ふたりの気持ちを知りながら、翔太に告白したのは、わずかな期待を殺せなかったからだ。
もしかしたら、翔太は自分の気持ちに気付いていないかも知れない。
先に告白すれば、付き合えるかも知れない。
付き合ってしまえば、自分のことを好きになってくれるかも知れない。
けれど、そんな浅ましい期待は、儚く散った。
翔太はもう、かすみのことが好きだと自覚していたのだ。



「性格の悪い姉は、王子様に選んでもらえないんだよ」
遼一郎はすべてを見透かしたように、くつくつと笑う。
そんな遼一郎を睨んで、椿は尋ねた。
「何で、笑っていられるの? あなただって、中山くんのこと好きなクセに」
椿の言葉に、ぴたりと、遼一郎は笑うのを止めた。
代わりに諦めきった冷たい表情を浮かべ、肩をすくめて言う。
「だって、翔太は思いっきりストレートだしね。俺だって自分がバイかも知れないって気付いたのは、最近になってからだし。まぁ、調べてみたら、異性愛とか同性愛って流動的なものらしいけどね。男が男に言い寄られるのって、その気がない男にとっては、それはそれは嫌なものなんだよ?」
「だからって、わざわざ自分から彼女を作るように仕向けさせるなんて理解出来ない。自分から傷を作るようなものじゃない。絶対に彼女を作らせないようにするのなら解るけれど……」
「別に、君に解ってもらおうとは思わないよ。でも、あえて言うのなら、俺の気持ちに気付いている君と、何も知らない可愛い後輩。どっちが翔太の彼女になって欲しいかと言ったら、後者だってこと。……今どきの魔法使いは、タダじゃ動かないんだよ」
遼一郎がいたずらっぽく笑う。
椿は吐き捨てるように言った。
「随分と利己的な魔法使いね」
「シンデレラを出し抜こうとした姉には負けるよ」
皮肉を皮肉で返され、椿は思わず舌打ちをした。
口の立つ男は嫌いだ。
そして何を考えているのだか分からない男も。
自分の恋だって実らなかったのに、何故笑っていられるのだろうと、椿は思う。
「邪魔はしないから、なんてよく言うよ」
「私はすっぱりフラれたんだもの。もう邪魔しない」
「もう、ね」
「そう、もう、よ。悪かったわね、性格が捻じ曲がっていて」
「妹いじめに走らないようにね」
「誰がしますか、そんなこと。あなたこそ、嫉妬にかられて魔法を解いたりしないでよ」
「俺は翔太が悲しむようなことはしないよ」
「どうだか」



シンデレラの姉も魔法使いも、所詮は脇役だ。
姉や魔法使いが王子様と結ばれる話など、聞いたこともない。
でも、もし、姉も魔法使いも、王子様のことが本当に好きだったとしたら?
「シンデレラ」が、めでたしめでたしだなどと、誰が言ったのだろう……。
結局、王子様に選ばれるのは、シンデレラだということ。
シンデレラの姉は、どう足掻いたとしても王子様に選んではもらえないということ。
姉と魔法使いは、決して相容れないということ。
それが、シンデレラの法則。