委員会の集まりが終わり、教室に戻ると彼はいた。

「何でいんの、部活は?」

窓に歩み寄りグラウンドをのぞけば、彼の所属するサッカー部は練習の真っ最中だ。

「出れない」

彼の弱々しい返事とは裏腹に、彼の足元にはスポーツバックがあった。

その中身は部活動のためのものであるのは明白。

私は溜め息を一つ付き、彼の向かいの席に座った。

「何で?」

「何が?」

「出られないの、何でって聞いてんの」

お節介なのはわかってる。

私はただのクラスメイトだ。彼とそんなに仲がいいというわけでもない。

「ねぇ、小島くん。支倉出張カウンセリング、今ならタダだから、お得だよ?」

にやりとわざとおどけて言ってみた。

彼は、小島は机に顔を伏せたまま動かない。

出て行けと全身で表していた。

けど、私はそこで出て行くほど、物分りのいいヤツじゃないんでね。

放っておく方がいいこともあるけど、今はそうは思わない。

 

 

「部活、始まってるみたいだけど?」

「だから行けないっていってるだろ。ほっといてくれよ」

「“行かない”じゃなくて“行けない”ね。
ダメダメ、そんな言い方されたら、気になってしかたがないもん。これじゃ帰れないって」

校舎内は静かで、グラウンドの声がよく聞こえた。小島は何も言わない。私も何も喋らない。

サッカー部の掛け声が、より大きく聞こえた。妙な静けさと時間が停滞したような空気。

私はグラウンドの方を向き、小島を見なかった。

 

 

こんな所を小島のファンに見つかったら、殺されるかな。それはまぁ、勘弁して欲しい。

許してもらえるだろうか?もらえないだろうな。きっと。

放課後の教室に二人っきり。しかも彼は傷心ときた。

シチュエーションとしては最高なんだろうけど、私にはどうにもね。

そんなことを考えながらボーっとグラウンドを眺めていると、小島がボソリと呟いた。

あまりに小さかったから、なんて言ったのか分からなかったけど。

「昨日、試合だったんだ」

二度目の呟きは、ちゃんと聞き取れた。

「三年のセンパイたちの引退がかかった、大事な試合だったんだ」

「うん」

「俺、そこで途中からだけど出してもらえた。

頑張って、勝って、一試合でもセンパイたちの引退、遅らせようと思った」

「うん、それで?」

「だけど、俺、ヘマしちゃって、そのせいで試合負けた。

勝てない相手じゃなかったんだ。俺があそこでミスんなきゃ、勝てたんだ。

全国だって行けた。センパイたちは三年間頑張ってきて、最後の大会だったのに・・・」

ぎゅっと握られた拳が、痛そうだった。

チクショウと何度も呟く小島は、涙は流してなかったけど、泣いているように見えた。

彼が部活の先輩を、本当に尊敬しているのが伝わってくる。

私は部活に入っていないから、部活の先輩がどういうものか、実感を持っては分からない。

だから、彼がちょっと羨ましく思えた。

 

 

「でも、小島は謝ったんでしょ?」

彼が落ち着いてきた所で声をかけた。

小島は私と目を合わさずに頷いた。

「今日から、小島たち二年生が中心になってやってくんでしょ?」

彼はもう一度頷く。

「じゃあ、行きなよ。行かない方が悪い」

「行けない」

「本当は行きたいんでしょ?じゃなきゃ、行きたくないって言いなよ。

行けないって言葉は、先輩に対しても、他の部員に対しても失礼だと思うよ?」

「行けないんだ!」

なおも頑なに言い張る小島に、私もカチンときた。

「この強情っ張りっ、いい加減にしなよ! アンタが行かなくなって、皆が喜ぶと思うの? そりゃ喜ぶ人もいるかも知れないよ? 小島が抜けた後、アンタのポジションが空くってね。けどアンタの先輩や監督は? 自分たちのせいで小島が辞めたって思うよ。実際そうだもんね。さぞかし後味の悪い引退になることでしょうよ。それに他の部員も困るだろうね、特に二年生は。一緒に下を引っ張っていく人が一人減るんだもん。それだけひとりひとりの負担が大きくなるのは当たり前だよね。大体ね、小島はサッカーが好きなんでしょ? プロになるんでしょ? 自己紹介の時言ってたじゃん! 絶対になるんだって。なのに諦めんの? 逃げんのね? 最っ低!」

ここまでをノンブレスで言い切ったから、息が切れた。

小島はぽかんと私の顔を見ている。

「何?」

睨みつけると小島は意外そうな顔をして言った。

「いや、支倉が怒るトコ、初めて見た」

「誰のせいだと思ってんの?」

「俺のせいです」

小島はいつもと同じ顔で笑った。

私もつられて笑う。

 

 

「ゴメン、有難う。目ぇ覚めたよ」

「いえいえ、どういたしまして、って言いたい所なんだけどね」

私の考えじゃないんだなぁ、これが。半分くらいは、ある人のウケウリだから。

「頼まれたし」

「誰に?」

「サッカー部元キャプテンの本城先輩に」

「へ?」

さっきより更にマヌケな顔をした小島に、私はしてやったり、と笑う。

「委員会、一緒なんだよねぇ」

本城先輩とは委員会の時席が隣で、色々と助けてもらったし、話も結構してた。

小島の話題が一番多かった。共通の話題だし。

「いい人だよね。面倒見がよくってさ、話も上手だし。いいキャプテンだったってよく分かるよ。

今日の委員会でも、小島のこと凄く心配してたもん。

『もしかしたら、辞めちまうかも知れない。あいつ、責任感じてたから。

もし教室でまだあいつがグズグズしてたら、伝えてくれないか。

ふざけんな、甘ったれ。お前たちは上を目指せよ。全国行って、優勝して来い。

出来なかったら承知しねえぞ、ってな』ですって。いい先輩を持って、幸せな後輩ですこと」

本当に小島のこと、よく分かってらっしゃるわ。

まさか本当にいるとは思わなかったからね。

 

 

小島は憑き物が落ちたような顔をして、急いでスポーツバックを引っ掴んだ。

「ゴメン支倉っ、俺行くから!」

「頑張れよ!」

「ああっ!」

あわただしく教室を出て行った小島は、あっという間にグラウンドに現れた。

それに気付いた部員たちが、次々に小島を小突きに集まる。

多分、遅いとかなんとか言ってるんだろう。

小島は叩かれながらも、とても嬉しそうだった。

仲間っていいな、と帰宅部の私は柄にもなく考えてしまう。

窓辺の私に気付いた小島が手を振った。

私も手を振り返す、と小島は更に叩かれた。

 

 

お節介もこんな幸せな気分になれるのなら、たまにはいいのかも知れない。

あくまでもたまには、だけれど。

 




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