ミコ様はミコ島の最高責任者です。

ミコ様はその名の通り、ミコ島の巫女姫です。

島民に崇め奉られているミコ様の一日はいかがなものなのでしょう。

ちょっと覗いてみたいと思います。



 〜ミコ様の優雅な一日〜


 

ミコ様の朝は早いです。お付の巫女が起こしに来てくれます。

「ミコ様、朝でございます。お起きくださいませ」

神殿の外はまだ暗く、東の空はまだ紫色です。

けれど起きねばなりません。何故なら、朝の礼拝があるからです。

その礼拝の場に、ミコ様がいないなどということになったら大変です。

島民は天変地異の前触れだの、島が沈むだの、母ちゃんに浮気がばれるだの、
大騒ぎするに決まっています。

それほどミコ様が太陽神を崇め祈る朝の礼拝は、重要視されているのです。

しかしそう簡単に起きるミコ様ではありません。

ミコ様はミコ様になってからまだ日が浅く、ミコ様としての態度が全然身についていません。

教育係の巫女も頭を抱えている始末です。

「うう〜ん。後五分」

などと使い古された文句を言うミコ様に、お付の巫女は殺意を覚えたとか覚えなかったとか。

とにかく、起きてもらわなければ、大変です。

お付の巫女は、最終手段に出ました。

「ミコ様、ご容赦くださいませ!」

寝具を引っぺがされたミコ様は、無様に寝台から転げ落ちます。

頭を床に強打したミコ様は、流石に目を覚ましました。

「お早うございます、ミコ様。今日もご機嫌麗しゅうございます」

ミコ様は寝ぼけた頭で、全然ご機嫌麗しくないと思いましたが、口に出すことは出来ませんでした。

何故なら、笑顔で挨拶をしてくる巫女が怖かったからです。

「お早う」

ミコ様は痛む後頭部をさすりながら、起き上がりました。

これがミコ様のいつもの朝の起こされ方になっているのは、

ミコ様を神聖視する島民には絶対知られてはならないことの一つです。

 

 

次にミコ様はお召し替えをなさいます。つまり着替えです。

ミコ島は南国の島なので、通気性の良い服を着ます。

普通の島民が着ているのは、簡素な貫頭衣ですが、
流石にミコ様ともなると、そういうわけにもいきません。

極彩色の薄いベールを重ね、縁を細かい幾何学模様で刺繍をした豪奢なものです。

ちょっと冷静になって見てみると、極彩色の鳥のように見えなくもありません。

時折、勘違いをした雄鳥が、ミコ様の前で求愛のダンスを踊ることもあるのは、ご愛嬌と言うヤツです。

頭も複雑な形に結い上げられます。

ぶっちゃけ、う●このようです。

その頭に摘みたての綺麗な花々が飾られるのですが、この花々は夕方にもなると萎れてしまいます。

何度も言うようですが、ミコ島は南国の島。暑い所です。

花の命は、結構短いのです。

化粧ももちろんします。

ただ厚化粧です。歌舞伎の隈取りみたいに、人間の顔じゃなくなります。

きっと皮膚呼吸も出来ないでしょう。

けれど、それで良いのです。ミコ様はミコ島の巫女姫様なのですから。

着替えがすむと、そのままミコ様は神殿に連行されます。

もう少し早く起きてさえいれば、礼拝の前に朝食を食べることが出来るのですが、

ミコ様は毎日一度で起きたためしがないので、一度も礼拝前に朝食を食べたことはありません。

きっとこれからもないでしょう。

 

 

さて、ミコ島の宗教について、少々お話いたしましょう。

ミコ島は多神教です。色んな神様を崇めています。

それこそ山の神様、海の神様にかまどの神様、便所の神様なんて御方もいらっしゃいます。

その辺は某島国と似ていなくもないですね。

沢山の神様の中で一番信仰が厚い神様は、太陽神です。

ミコ島ではこの太陽神とその他もろもろの神様に感謝をしながら、暢気に暮らしているわけです。

ではミコ様とは、いったいどんな存在なのでしょうか。

きっと皆様も気になっているかと思います。っていうか、なっていますよね?

ではお教えいたしましょう。

ミコ様はミコ島の最高責任者であり、巫女姫であり、神々に一番近い者のことです。

ミコ様に一度選ばれてしまうと、死ぬまでミコ様を降りることはできません。

そしてミコ様は巫女姫ですから、純潔を守らねばなりません。

つまり必然的に“一生独身”ということになります。

いくら選ばれるのが名誉だとしても、結婚できないし、自由は少ないし、

もちろん彼氏も出来ないミコ様は、結構可哀想な感じもしてきます。大変ですね。

ちなみにミコ様は生まれながらにミコ様というわけではありません。

先代のミコ様が亡くなられると、すぐに壁に張られた大きな島の地図に向かって、

目隠しをした巫女頭が矢を投げます。

その矢が年頃の娘のいる家に刺さると、その娘が次のミコ様です。

結構安易な決め方ですね。

 

 

おや、礼拝が始まったようですね。

まだ夜も明けきってないというのに、参拝者は結構います。

皆、ミコ様に向かって一心不乱に祈っています。

その内容は沢山魚が取れますようにだとか、畑が獣に襲われませんようにだとか、

可愛いあの子が振り向いてくれますようにだとか、大変生活に密着したものです。

ミコ様はというと、しかめっ面をして座っているだけです。

その様子は何も知らない島民には、大変厳かで神秘的に映るようですが、

実際にはお腹がすいているだけ、という身も蓋もない理由なのは、本人しか知らないことです。

知らない方が良いと思います。

この礼拝は太陽が顔を出し切った辺りで終ります。

そうしてミコ様は、やっとこさ朝食にありつくことが出来るのです。

 

 

島で取れた果実という朝食を終えると、ミコ様が大嫌いな勉強の時間です。

ミコ様が立派なミコ様になるための学問を、片っ端から叩き込まれます。

それは歴史であったり、外交術であったり、人々の心を鷲摑みする方法だったりします。

ミコ様はいわば、宗教の教祖のようなものです。

教祖に必要なのはカリスマ性。

これはほぼ先天的なものですが、ミコ島には古代から伝わる秘伝があるので、無問題です。

神殿は木造の風通しのよい建物ですが、日が高くなるとやっぱり暑いです。

なので午前中の涼しいうちに勉強するのは、大変理に適ったことですが、

そんなこと、ミコ様には関係ありません。

ぶーたれて落書きをしています。

教育係の額に青筋が浮かんでいますね。雷が落ちるのも時間の問題でしょう。

あ、落ちました。

この時の教育係の怒声で、建物が微かに揺れたそうです。すごいですね。

こうして教育係の血圧がかなり上がった所で、昼となりました。

 

 

昼ごはんはミコ島神殿特製、ミコ汁麺です。

野菜たっぷりで栄養満点。美容にも効果があります。

一つだけ欠点があるとすれば、かなり苦いということでしょうか。

開発者の得意技は逆光だったとか、違ったとか。まぁ遠い昔のことなので、定かではありません。

ちなみにミコ様はこの汁麺が大嫌いです。

こんな緑色したどろどろにつけた麺なんぞ食えるか、と反抗しますが、

ならば食べなくともよろしいと言われてしまうと、お腹の虫が鳴き出すのでしぶしぶ食べます。

この時のミコ様の表情は、とてもではありませんが年頃の娘とは思えません。

え? 厚化粧の所為ではないのかって?

違います。汁麺が苦い所為です。

世界一苦い麺類として、名高い料理だからです。

某島国の昼番組で、罰ゲームとして飲まされるお茶と良い勝負な苦さと思って結構だと思います。

毎日罰ゲームなミコ様、ご愁傷様です。

 

 

罰ゲーム・・・じゃなかった、昼食を終えたミコ様は、島内の視察に出かけられます。

乗るのは屈強な男たちが担ぐ駕籠(かご)です。

ミコ様は何度も、もっとカッコイイ男に担がせろと訴えましたが、そのたびに却下されています。

なので今日もむさ苦しい男どもです。

今日は東の村に行く予定です。

ミコ島は結構広いので、その日その日で行き場所が違います。

たまにミコ様がまだミコ様自身の名であった時に住んでいた村に行くこともありますが、

ミコ様になってしまったミコ様に、たとえ家族や親しい友人であったとしても、

軽々しく話しかけることは出来ないので、その度にミコ様は感傷的な気分になります。

けれどミコ様は大変前向きな考え方を持っているので、へこたれません。

へこたれている時間はないのです。だってミコ様はミコ様なんですもの。

 

 

駕籠にゆっさゆっさと揺らされて、ほいさっさと東の村に到着しました。

担いでいるのは猿ではありません。人間です。あしからず。

東の村で、ミコ様は熱狂的に迎えられました。

それこそこちらが引くくらいに。

ミコ様の周りに村民が群がります。

むさくるしい男どもや巫女が下がるように言いますが、村民はそんなこと聞いちゃいません。

ありがたやぁ、ありがたやと涙をぼろぼろ流しながら拝んでいるおばあちゃんもいます。

そうです。いくら中身がアレだからといっても、腐ってもミコ様。

この島で一番偉い人です。

一番の人気者です。

何せ、ミコ様ですから。

ミコ様を乗せた駕籠は、身動きが取れません。

そして村民たちは、次から次へとお供えものを持ってきます。

だいたいは食料です。卵や魚、野菜などです。

このお供えものは、神殿の貴重な食料となります。

えぇ、そうです。毎日ミコ様が視察に出かけるのは、食料集めのためです。

でなければ、毎日視察なんぞしなくとも、支障はないはずですから。

ちなみにミコ島には、貨幣という概念はありません。物々交換です。

 

 

こうして今日も、大量の食料が手に入りました。

担当者はほくほくです。

ミコ様その他はぐったりとしています。

これもお務めの内とはいっても、疲れるものは疲れます。

ミコ様の頭の花も萎れています。

汗で厚化粧が崩れ、更にひどい顔になっていることは、言うまでもありません。

けれど休んでいる暇は、ミコ様にはないのです。

そうです。夜の礼拝です。

今日一日無事に過ごせたことを、日没と共に感謝する礼拝です。

さっと化粧を直し、新しい花を挿したミコ様は島民と共に祈りを捧げます。

 

明日こそ寝台から落とされませんように。明日こそ教育係に怒られませんように。

明日こそミコ汁麺を食べずにすみますように。明日こそ担ぎ手がカッコイイ男の人になりますように。

 

明日も、このミコ島が平和でありますように。

 

午後の視察でいただいたお供えもので作られた夕食は、とても美味しいものでした。

昼のミコ汁麺なんぞ、足元にも及びません。

ミコ様はこの時間が一日の中で一番好きです。

誰だって美味しいものを食べている時は幸せでしょう。

食後に出る冷たい氷菓子は、きっとミコ様にならなければ一生食べられなかった貴重品です。

この時ばかりは、ミコ様になって良かったとミコ様は心から思います。現金なものです。

そして神殿の裏手にある滝で身を清めれば、後は寝るだけです。

お付の巫女と馬鹿話をしながら、寝室へと向かいます。

「お休みなさいませ、ミコ様。良い夢を」

「うん、お休み」

寝台に入ったミコ様は、蚊帳のすき間からは入った蚊に悩まされながらも、眠りへと落ちてゆきました。

見る夢はきっと悪夢です。うなされるに違いありません。

ちなみにこの蚊は黒水熱(マラリア)を媒介するハマダラカではないので、ご安心ください。

きっと藪蚊です。

 

 

さて、ミコ様の優雅な一日は、いかがでしたか?

え? これのどこが優雅だですって?

いやだなぁ、題名に誇張は付き物ですよ。

良いではありませんか。細かいことは。



最後に書いておきますが、このお話はコメディです。
実際のミコ島がこうであるかは、ミコ島に住んでみなくては分からないことですよ?




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