明日から夏休みだ、と君は笑っていたね。

その笑顔がまぶしくて、「君が好き」という気持ちが溢れそうになったんだ。

誰もいない放課後、特に用があって二人で残ったわけじゃない。

二人とも電車通学で、たまたま二人ともトイレに行っていたら電車に間に合わなかった。

次の電車が来るのが40分後。

さえぎるものがない駅のホームは暑いから、時間が来るまで教室で待っていた。

そんな偶然から生まれた、短い時間。

とても些細で、何気ない時間だけど、

その瞬間を神に感謝したいくらいだと思っていたなんて、君は知らないだろうね。

にこやかに相槌を打ちながら、君の話を聞く。

それだけで、泣きそうなくらいに幸せだっただなんて。

君は知らないし、他の誰かが知ったら、おおげさだと笑うだろう。

それでも、それが正直な気持ちだったんだ。

君の一言一句を脳に刻み付けるように、君の一挙一動を網膜に焼き付けるように、

それでいて、君に気取られないように。

笑みを浮かべて、君と話す。

机につっぷした君は、今日もジメジメしてると愚痴をこぼしたね。

窓から入ってくる風はわずかで、君は下敷を団扇代わりにあおいでいた。

君が話す話題は、昨日観たテレビのこと、今日の授業のこと、そして夏休みの計画。

君は知らないだろうね。

君が好きだと言ったアーティストは、全部チェックしていたこと。

君が得意だと言った教科のノートは、わざと書き忘れた箇所を作っていたこと。

君が苦手だと言った教科の授業は、他よりも熱心に受けたこと。

君が行きたいと言った場所に、自分も行きたいと思っていたこと。

ずっと、君に告白したいと考えていたこと。

そして、君にこの気持ちを知られたくないという、矛盾した気持ちを……。

君は、これからも、ずっと知らないでいて欲しい。

 

 

君は特別だから、大事にしたくて。

君は大事な存在だから、特別な存在で。

君が好きだから、独り占めしたくて。

君が好きだから、この関係を壊したくなくて。

君に告白してしまえという自分と、

君に告白してはいけないという自分がせめぎあって、

気持ちが揺れ動いて。

 

 

明日から夏休みだという事実が、背中を押した。

もし、断られたとしても、1ヶ月ちょっとは顔を合わさずに済む。

それだけあれば、心の整理がつけられそうな気がしていた。

こんなに大きな気持ちに、本当に整理をつけられるのかは分からないけれど、

それでも、今、このチャンスを逃してはいけない気がしていたんだ。

君は普通に話している相手が、自分に告白しようと決意を固め出しているなんて、

思いもよらなかっただろうね。

唐突に、何の脈絡もなく告白されたら、君はどんな顔をするかな?

驚くよね? 冗談にする? それとも怒るかな。

せっかくの夏休みが、苦い思い出から始まってしまうから。

そんな風に、君の反応をいろいろと想像した。

笑ってしまうけど、断られるのを前提に考えていたんだよ。

だって、想像が出来なかったんだ。

君と付き合っている自分を。

ずっと隣にいてくれる君の姿を。

君のことが好きだよ。

君のことが、とても、とても好きだよ。

他の友達とは、全然違う存在だ。

でも、恋人になって欲しいというのとは、少し違う。

ただ、君が特別なんだ。

それでも告白しようと思ったのは、独りよがりかな。

きっとそうだよね。

それが分かっていて告白したんだから、愚かとしか言いようがない。

君は不自然な沈黙を不審に思って、顔をあげたね。

君のことをずっと見ていたから、自然と目が合った。

君はどうかした? と少し心配そうな顔をして、

その顔がどうしようもなく、いとおしくて、

するりと言葉がこぼれおちた。

 

 

「好きだよ」

 

 

「君が好きだよ」

 

 

「他の誰よりも、他の何よりも、君のことが好きだよ」

 

 

君の答えを、今でも覚えてる。

目を閉じれば、その時の風や匂いまで思い出せるほど、鮮明に。

君は、特別だから。

君は、特別だったから。

君のことは、絶対に忘れないよ。

君のことを思い出すたびに、涙が零れ落ちそうになるんだ。

悲しいんじゃなくて、幸せ過ぎて。

君のことを好きになれて、とても幸せだったんだ。

いや、今でも幸せだと思っている。

もう、思い出になってしまった君。

君にお礼が言いたい。

これも独りよがりの、自己中な考えで、

君は迷惑だったかも知れないけれど、

それでも、君と出会えて、君を好きになれて、本当によかったと思うんだ。

だから…………、

 

 

「ありがとう」




小説目次に戻る