混沌なき箱庭 3‐1

混沌なき箱庭 3‐1

 泣く子も黙り笑っている子も泣き出す悪名高き戦列の<テーラン>の副長であるブノワは、三十代半ばの伊達男である。
甘い顔立ちに無精ひげが野性味を加え、大人の男の色香を漂わせている。
そんな伊達男が荒くれ者が多い<テーラン>で副長をやっているのは、親分たるカーサと<テーラン>が出来る前から知り合いだったということもあるが、その組織運営力が秀でていたからに他ならない。
カーサは確かに親分足るに相応しく、この人の為に働きたいと思わせるだけの魅力があったが、いささか、いや、だいぶ大雑把である。
その命令自体も大雑把なので、その命令をかみ砕き、適切な指示に変換する者が必要になる。
それを最も上手く行える者がブノワだった。
その分、一番カーサの気まぐれと勘に振り回されるのも彼である。
今も来客用のソファにふんぞり返って首尾を適当にはしょりながら話すカーサに、執務机に肘をついてこめかみを押さえている。
その顔には『どうしようもないな』という諦めの表情が浮かんでいた。
「で、子供を二人拾ったと」
「おう」
得意げな顔で堂々と答えるカーサに、ブノワはわざとらしくため息をつく。
「どう考えても胡散臭いだろう、その二人は」
「胡散臭いっつったら、俺もお前も一緒だろうがよ」
事も無げに笑うカーサ。
確かに<テーラン>に所属する者は上から下まで胡散臭い、というのが世間での評判である。
その胡散臭さの代表が、ここにいる二人だった。
ブノワも「まぁな」と自身が胡散臭いことを否定しない。
「二人とも面白いぜ。特に弟の方が面白い」
「キーファンたちの報告によれば、一人で五人も片づけたらしいな」
「あぁ、まるで獣のようだったらしい。俺もこの目で見たかった。確かに姉を守ろうと立ち塞がっている姿は黒豹って印象だったな」
カーサ自身は何気なく語ったのだろうが、それは正鵠(せいこく)を射ていた。
ジークは元の世界<猛る牙>では黒豹の獣人だったのだ。
その侮れない勘でもって、続けて葉月についても言及する。
「姉の方はあれだな。蛇。弟が黒豹だから、白蛇か」
「黒豹と白蛇の姉弟、ねぇ。似てないらしいね。本当にきょうだいなのか?」
ブノワの疑問に、カーサも首をかしげる。
「さぁ? どうだろうな。見た感じ血の繋がりはなさそうだが、普通にきょうだいに見えたぞ?」
相反するようなことを平気で言うカーサに、ブノワは苦笑する。
「どっちなんだ?」
「別に血の繋がりだけが絆じゃねぇだろ」
「そうだな」
カーサがさらりと言ったことに、うなづくブノワ。
が、そこで話の本筋を思い出し、軌道修正を図る。
「いや、聞きたいのはそこじゃなかったな。カーサ、どうして拾ったりしたんだ? 確かにその子たちは強いのかも知れないが、まだ子供だ。しかも弟の方の怪我は結構ひどいそうじゃないか。治ってもその獣染みた強さを発揮出来るとは限らんぞ?」
「大丈夫だろ」
「根拠は?」
「勘」
臆面もなく言い放ったカーサに、「分かっていたけどね」とブノワは苦笑する。
「お前の勘は女の勘に野生の勘まで足されているからな。よく当たる」
「まぁな。俺の勘があの二人を側に置いておけって言ってるのさ。そうしたら、きっと“面白いこと”になるぜ?」
「お前の言う“面白いこと”は、大抵たいへんなことだからな。収拾をつけるのはどうせ俺だろ?」
「頼りにしてるよ。副長」
「へいへい。せいぜい頑張らせて頂きますよ、親分」
にっと笑うカーサと、やれやれというように小さく両手をあげて笑うブノワ。
確かに葉月とジークを拾ったことにより、“たいへんなこと”になるのだが、二人はまだそれを知らない。
カーサなどは、たとえそれを知っていたとしても二人を拾っただろう。
カーサにとって、それはとても“面白いこと”だからだ。
ブノワがそれを知っていたのなら、二人を拾うことに反対しただろう。
だが、最終的には受け入れたに違いない。
何故なら、ブノワも結局は“たいへんなこと”を面白がれる人間だからだ。
副長としてのポーズとして、組織の益にならないことには反対して見せねばならないが、結局はカーサに“説得される”に違いなかった。



「とりあえず、その二人に会ってみたいな」
ブノワがにやっと笑う。
なんだかんだ言いながら、興味津津なのだ。
カーサもにやにや笑いながら、盃の酒をあおる。
「きっとお前も気に入るよ。だが、会いに行くのは明日にしとけ。弟の方は明日も熱にうなされているかも知れんから話を聞くなら姉の方だ。あっちの怪我はたいしたことねぇが精神的に参ってる」
「旅の疲れか?」
「それもあるだろうが、血にあたったようだぜ。何せ辺り一面血の海になったからな。弟はともかく姉の方はああいうのに慣れてねぇみたいだぜ。姉が倒したヤツは肩を外されたのと腕を折られたのだ。やろうと思えば首の骨もへし折れただろうにな」
くっくっくと愉快そうに笑うカーサに、ジークは器用に片眉をあげてみせた。
「ちぐはぐな姉弟だな。なるほど、明日会えるのが楽しみだ」
そう言って、ブノワは本当に明日が楽しみで仕方ないというように笑みを浮かべたのだった。