悪魔のような従姉たち

悪魔のような従姉たち

 僕には、悪魔のような従姉が二人いる。
アイツらの周りの者は口を揃えて「そんなことはない」というが、僕には判る。
アイツらは悪魔だ、魔女だ、鬼だ。
お父様もお母様も、そうおっしゃっているのだから、これは僕ひとりだけの思い込みなんかでは絶対にない。
僕は由緒正しき侯爵家の血縁として、立派な貴族になることが義務づけられている。
僕の家は分家だが、本家には娘ふたりしかいない。
伯父である現当主は、上の従姉に婿をとらせて侯爵家を継がせる気らしいが、それでは駄目だ。
あの悪魔のような従姉の夫になるようなヤツよりも、僕の方が絶対に優れた跡取りになるだろう。
伯父様に僕の優秀さを分かって頂くために、僕は頻繁にこの館を訪れている。
僕の肩には侯爵家の、いや、この領地の未来がかかっているのだ。
それはきっと<帝国>の繁栄にも繋がるだろう。
そうだとも。<帝国>の未来の為にも、上の従姉ではなく僕が侯爵家を継ぐべきなのだ。
だいたい上の従姉は得体が知れない。
表面上は大人しく地味そうに装っているが、腹の中では何を考えているか分かったものではない。
毎日怪しげな書物を読み漁り、時々姿をくらますのだ。
影でこそこそと悪巧みをしているに違いない。


「何を人聞きの悪いことを言っているの、ニコ」
「なっ、出たな! 諸悪の根源!」
振り返ると、いくつかの本を持った上の従姉が立っていた。
くそっ、いつの間に後ろを取られたんだ!
流石は悪魔。気配を感じさせぬとは……やるな。
「諸悪の根源とは、また酷いことを言うのね」
「ふんっ、他の皆は騙せても、僕やお父様たちは騙されないぞ! その怪しげな本で呪いをかける気だな!」
その程度のこと、僕にはまるっとお見通しだ!
びしっと人差し指を突きつけると、上の従姉があからさまなため息をつく。
失礼な女だな。
「ニコ、これは魔術ではなく、地理について書かれた本よ。それに、あなたたちに呪いをかける気なんて毛頭ないの。だいたい、私には魔術は使えないのですからね」
「なっ、僕の読めないヘンテコな字で書かれているではないか! 僕を欺く気だな! そんな手に乗るものか!」
本の背表紙に書かれた字は、明らかに<帝国>の物ではない。
ふふん、そんな簡単に騙されるような僕ではないぞ。
僕がそう指摘すると、上の従姉は片方の眉だけを上げて言った。
「これは主に西で使われている<大陸語>で書かれているの。割と最近出版されたものだから、口語に近い文章で書かれているのだけれど……ニコは少し勉強不足のようね。駄目よ? <大陸語>くらい習得しておかないと」
「なっ、僕を侮辱するつもりか!?」
「ニコ。図星を突かれたからと言って声を荒げては駄目。己の底の浅さを自ら広めるようなものでしょう? そういう時はにっこりと笑って『すみません、僕の勉強不足でした』と素直に認め、相手が物知りであると褒めて自尊心をさりげなくくすぐりつつ、もっと精進します、と言うの。子どもという利点を最大限に生かす為にもそうなさい。素直な曇りのない笑顔が子どもの一番の武器ですからね。貴族たる者、本当に信用の置ける者以外の前で感情そのままを出しては駄目よ」
コイツ……やはり侮れない。
なんという狡猾さだ。
僕の目に狂いはなかった。
この悪魔め!
「ふん、僕を懐柔しようとしても無駄だからな。侯爵家を継ぐのは僕だ。お前ではない」
きっぱりと釘をさしておかないとな。
侯爵位を継ぐ者は、やはり侯爵家の血を持つ者でなければ。
女は爵位を継げない。
他所から来た男が背負うには少々荷が重いだろう。
早く諦めた方が身の為だ。
僕は親切で言ってやったのに、上の従姉は笑っている。
腹が立つな。
「そう? でも<大陸語>も読めないようでは跡を継ぐのは無理よ。他にもたくさん勉強して様々な分野に精通しなくてはね。法律や経済だけでは駄目なの。<帝国>のことだけでもいけない。世界のことを知る為にも語学は必要よ」
「ば、馬鹿にするなよ! <大陸語>くらい、すぐに読み書き出来るようになるぞ! 僕が本気を出せばそれくらい簡単だ!」
「頑張ってね。分からない所があったら、訊きにいらっしゃい」
「誰がお前の手など借りるものか! ふん、今はせいぜい笑っているがいい! 最後に笑うのは僕だ!」
「楽しみにしているわ」


くすくす笑いながら、上の従姉は去って行った。
たぶん、まだどこかに消えるのだろう。
前に後をつけたことがあるが、途中で見失ったしまった。
きっと怪しげな術を使ったに違いない。
是非ともアイツの隠れ家を突き止めたいが、もうすぐ剣術の時間だ。
学問も大事だが、貴族の男子たる者、剣術のひとつやふたつ修めていなければならない。
剣術は日々の鍛錬の積み重ねが大事だ。
伯父の館に来ているからといって、サボるわけにはいかない。
幸い伯父の館にも剣術指南役がいて、僕も習ってよいと言われている。
僕は一旦部屋に戻り、稽古着に着替えてから稽古場に向かう。
稽古場には、先客がいた。
下の従姉だ。
僕は剣術が嫌いではないが、この従姉と一緒に稽古するのは嫌いだ。
上の従姉は回りくどく嫌なことを言うが、下の従姉は正面から嫌なことを言う。
だいたい、女のクセに剣術をやるという所からしてどうかしている。
見た目が美しいことは認めるが、中身があれでは嫁の貰い手もないだろう。
直球な分、上の従姉よりは分かりやすいが、時々突飛な言動に出るからたまったものではない。
小さい頃、隠れ鬼で隠れている僕の存在を忘れてどこかへ行ってしまった為、僕が行方不明になったと大騒ぎになったことがあった。
その時は結局、僕だけが叱られてアイツはけろりと菓子を食べていたのだ。
その後に言ったアイツの言葉を、僕は一生忘れないだろう。
『だって、おなかすいたんだもん。ニコいないから、ニコのぶんもたべてあげたよ』
何がニコいないからだ! しかも食べてあげただと! 勝手にお前が食べたのではないか!
いくら幼児だったとはいえ、許せんものは許せん。
く、今日こそは剣術で負かせてやる!
僕と下の従姉は、並んで型をおさらいしている。
僕らが習っているブルボノ派は、実戦的な技に重きを置いているものの、型稽古にも力を入れている。
型稽古で剣の振り方などを身体に覚え込ませる為だ。
歳こそ下の従姉の方がひとつ上だが、剣術歴は同じ。
試合も僕が勝ったり負けたり……負けたりしている。
いや、それは仕方ないのだ。
あの下の従姉は十一歳とは思えない怪力なのだ。
つば迫り合いになれば、確実に僕の方が負ける。
しかし、剣の振りの速さでは僕の方が上だ。
対して下の従姉の剣は力はあるが、大振り気味な所がある。
そこを突けば、僕にだって勝機は十分にある。
そんなことを考えていると、下の従姉が僕にだけ聞こえる声で言った。
「稽古中に余計なこと考えてるんじゃないわよ。ムッツリ」
「なっ! 誰がムッツリだ! 変な言いがかりをつけるな!」
「ニコラス坊ちゃま! 稽古中にお喋りしてはいけません!」
「なっ、今のは僕のせいではない! コイツが!」
「坊ちゃま、他人のせいにするとは情けのうございます。罰として今日は型稽古だけをおやりなさい」
「そんな!」
理不尽だ!
何故元凶であるアイツが叱られなくて、僕が叱られるんだ!
隣を睨むと、下の従姉は何食わぬ顔で型稽古を続けていた。
くそっ! これだから世渡りの上手いやつは!
今すぐにこの従姉に決闘を申し込んでやりたい気分になったが、なんとか思い留まった。
男が女に決闘を申し込むなど、恥以外の何物でもない。
それにこの程度の姦計に惑わされるとは、僕も未熟だということを認めざるを得ないだろう。
この従姉は試練、もしくは踏み台だと思えばいい。
そう、立派な貴族になる為には、忍耐も必要だ。
今、僕はひとつ、それを学んだのだ。
それだけでも、大した一歩ではないか。


僕はそう自分に言い聞かせながら、型稽古を終えた。
それはつまり、今日の剣術の稽古が終わったということだ。
僕が部屋に帰ろうとして稽古場を出ると、誰かに腕を引っ張られてそのまま裏庭に連れて行かれた。
「何をするんだ!」
「勝負しよう」
僕をここまで引っ張ってきた張本人は、僕の叫びに的外れな答えを返してきた。
下の従姉だ。
その馬鹿力で掴まれた手首は、赤くなっていた。
いったい、コイツは何をいきなり言い出したんだ。
話が読めなくて腹が立つ。
だから、僕は痺れを振り払うために軽く手を振りながら言った。
「稽古の時間はもう終わっただろう? お前のせいで僕は試合が出来なかったんだ」
「それは……悪かったわ。ちょっとからかっただけなのに。あんたと私は、今、どっちが強いか微妙な所だから決着をつけたいのよ。ニコは明日、自分の館に帰るんでしょ?」
「そうだ」
ここは僕の家ではない。
僕の家は、ここから南に馬車で一日ほどの所にある。
これからしばらくは収穫祭の時期だから、この館には侯爵家と親交のある貴族や地元の名士たちが頻繁にやってきて、園遊会や夜会をするのだ。
お父様やお母様も参加する。
だが、僕や姉はまだ子どもだからという理由で参加は許されない。
居ても邪魔になるだけなので、その期間は分家の館にいるように言われているのだ。
つまり、しばらくはこの従姉と腕比べをすることはない、ということだ。
下の従姉はそれを知って、今日の時点でどっちの剣の腕が上か、勝負しようと言うのだ。
「まさか、断るんじゃないでしょうね。そんな腰抜けだったの? ニコは」
「誰が腰抜けだ! 僕の方が上に決まっているだろう!」
「じゃあ、決まりね。合図はそうね……あんたがしていいわ」
「ふん、後で言い訳に使うなよ」
「そんなことするわけないでしょ! さっさと構えなさいよ!」
おそらく、さっきの償いのつもりなのだろう。
合図をする方が有利なのは当然だ。
僕は練習用に刃を潰した剣を中段に構える。
下の従姉は下段だ。
「始め!」
僕は合図と同時に足を踏み出し、左肩を狙う。
しかし、その剣は従姉がすくい上げた剣に弾かれた。
従姉はそのまま、剣を振り下ろす。
僕は寸での所で避け、地面を転がり、その勢いを利用して立ち上がる。
そこをまた、従姉の剣が襲う。
横から薙ぐように振られた剣は速く、とっさに後ろへ跳んだ僕の腹の辺りを掠めていった。
刃が潰してあるとはいえ、従姉の馬鹿力であれを叩き込まれたら、ただではすまされない。
あと数秒、避けるのが遅れていれば、確実に肋骨が折れていただろう。
僕はよろけた体勢を持ち直して、右上から剣を斜めに振り下ろす。
従姉がそれを返す刃で受けた。
カキィンと澄んだ音が響く。
このままつばぜり合いをするのは、たとえ僕が上からだとしても不利になる可能性が高い。
後ろへ跳び退る。
少し打ち合っただけなのだが、手が痺れていた。
ちっ、馬鹿力め!
次だ、次で決めてやる!
僕は剣を握り直し、一歩を踏み出した。
その時。
「そこまで!」
僕のでも下の従姉でもない声が、裏庭に響いた。
お互いに距離を詰めようとしていた僕らは、その声でびくっと足を止めた。
声が聞こえた方を見ると、上の従姉が厳しい顔で立っていた。
僕は上の従姉のあんなに大きな声を出した所も、こんなに厳しい顔をしている所も初めて見た。
「いったい、何をしているの?」
「ね、姉さま……」
下の従姉は引きつった顔をして、後ずさる。
その気持ちはよく分かった。
僕も貴族男子として情けないことだが、今すぐここから逃げ出したいという気持ちになっていた。
一歩一歩ゆっくりとこちらへ近づいてくる上の従姉は、全身から厳しい雰囲気を漂わせている。
それは、もっと別の言葉にすれば、威厳、というものだろうか。
いつもは穏やかに笑っていることの多い上の従姉だからこそ、余計に恐ろしい。
「私は、何をしていたのか訊いているのだけれど、答えてくれるかしら?」
「ごっ、ごめんなさい!」
下の従姉が悲鳴を上げるように謝罪を口にした。
多分、反射的にだろう。
僕もあと少しで同じことを言いかけたが、寸での所で口をつぐんだ。
そんな恥ずかしいことは出来ない。
仮にも侯爵位を継ごうという人間が怯えて謝罪を口にするなど、貴族としての矜持が許さない。
「ニコ、あなたたちは何をしていたの?」
「剣術の勝負をしていた」
僕が答えると、下の従姉がものすごい目で睨んできた。
そして声を出さずに口を動かした。
“余計なことを言うんじゃないわよ!”
そう読めた。
余計なこともなにも、しっかり勝負をしている所を見られているのだから、下手な言い訳をする方がややこしいことになるだろうが!
僕はそういう意味合いを込めて睨み返す。
再び下の従姉が口を開こうとした所で、上の従姉が先に口を開いた。
「そうね、そう見えたわね。でも、あなたたちの稽古の時間はとっくに終わっている。それに、ここは裏庭。稽古場でもない。あなたたちのような未熟者がきちんとした指導者がいない所で刃が潰してあるとはいえ、れっきとした剣で勝負などしていたらどんな大怪我をするか分かったものではないでしょう」
「で、でも姉さま……」
「でも、何かしら?」
「だって、明日ニコは自分の館へ帰っちゃうのよ。どっちが強いか、はっきりさせたくて……」
下の従姉がそう言うと、上の従姉はため息をついた。
「競うことが悪いとは言いません。でも、あなたたちはまだ十かそこらです。自分たちがまだ未熟であることを自覚なさい。いいですね?」
「で、でも」
「い・い・で・す・ね?」
「……はい」
「わ、分かった」
こうも理詰めで、しかも恐ろしい顔で言われたら、頷く他ない。
その後きっちりみっちり小言をもらい、しかも二度と私闘をするなと誓わされ、僕たちは解放された。
上の姉は悪魔ではなく、大魔王なのではないかと思いながら、練習用の剣を片付ける。
「勝負はお預けだけど、あのまま続けてたら、絶対に私が勝ってたわよ」
隣で同じように剣を片付けていた下の従姉が言う。
「何を言っているんだ。僕に決まっているだろう!」
「ふん、思い上がるんじゃないわよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「次に来た時に、きっちり白黒付けようじゃないの!」
「望むところだ! 次に来るまでに、僕はもっと強くなっているからな!」
「私はもっともっと強くなってるわよ!」
「僕はもっともっともっとだ!」
「なっ、私はもっともっともっともっとよ!」
「むぅ」
「くぅ」
「「ふん!」」
僕たちは同時に顔を背け、それぞれの部屋へ向かう。
翌日、僕は伯父様にだけ挨拶をして、迎えの家人と共に館を出た。
下の従姉にだけには剣術で負けたくないし、僕が侯爵位を継ぐためにはあの大魔王のような上の従姉よりも、その従姉が選ぶ婿よりも、格段に優れていなくてはならないのだ。
その為には、一刻でも時間が惜しい。
次にこの館に来る時は、今の自分よりももっともっともっと、勉強でも剣術でも人間としても優れた人間になっていてやる!
最後に勝つのは僕だ!
新たな決意と共に振り返った伯父様の館は、要塞のようにそこにそびえていた。


そして月日は流れ、僕は十四歳になった。
現<大陸語>は十三の方言を聞き分け、理解出来るようになり、南方六ヶ国で主に使われている<レアロ語>も、日常会話程度なら不自由なく操れるようになった。
治経済歴史はもとより、数学や物理、地理学なども、専門家の話を聞いて、まったく理解出来ないということはなくなった。
背が伸び、筋肉が付き、声変わりをした。
剣術の腕も上がり、最近は指南役から五本に一本は取れるようになった。
僕は以前のように、従姉たちを悪魔とは呼ばなくなっていた。
上の従姉は相変わらず神出鬼没な所があり、一筋縄ではいかないし。下の従姉も相変わらず嫌なことをずばずば言うし、先の読めないヤツだ。
それでも、大事な従姉たち。
今日、従姉ふたりは<帝都>へ旅立つ。
だから、こうして歓談室で従姉たち二人と話すことは、二度とないだろう。
しかし、<帝都>行きの理由には驚いた。
なんと、下の従姉が皇太子妃候補に選ばれたのだと言う。
上の従姉はその付き添いだ。
大方、貴重な古書にでも釣られたのだろう。
ついでに婿探しもしてくるらしい。
「確かに侯爵家の肩書きがあれば、アイル姉にでも婿は来るだろう」
「本当にあなたは酷いことを言うのね」
上の従姉が苦笑する。
すると下の従姉が不機嫌な声を上げた。
「そうよ! 姉さまだったら、たとえそんなものなくても、いい人が見つかるわよ!」
「シェリル姉はその直情型な所を直すべきだろう。それではすぐに帰されるのがオチだな」
「何ですってぇ!」
美しい顔を鬼の形相に変えた下の従姉が唸るが、年の三分の一はこの館で過ごしていた僕にしてみれば、それはもう、見慣れた顔だ。
今更、怖がることはない。
「何にせよ、後は任せるといい。シェリル姉はもとより、アイル姉も帰って来なくてもいいぞ。向こうでいい人を見つけて、そのまま向こうに住んでしまったらどうだ? なに、侯爵家は僕が継ぐから心配はいらない」
「残念ね、ニコ。私はちゃんと帰って来ますからね」
「ニコ、あんたまだ諦めてなかったの?」
従姉ふたりが同時に口を開く。
上の従姉はにこやかに、下の従姉は少しあきれたように。
僕はそれに笑顔で返した。
上の従姉の忠告に従うわけではないが、やはり一番都合のよい顔は、笑顔だ。
「当然だろう。僕の方が侯爵位を継ぐに相応しいことを、アイル姉がいない間に伯父様に理解して頂くからな」
「出来るものならやってみなさい。でも、そう上手くはいかないでしょうね」
上の従姉がくすくす笑いながら言う。
含みのある言い方だと思う。
「あんたじゃ無理よ。だって、私より数学や物理は出来ないじゃない。それに剣術だって女の私に三回に一回は負けてるじゃないの」
下の従姉が肩をすくめながら言う。
含みも何もない言い方だ。
「僕はまだ成長期だからな。勉学も剣術も全部、まだまだ伸びるだろう」
「自分で言うことなの? それって?」
眉をしかめて、下の従姉が言う。
「自分で言ってはいけないと、決まっているわけでもないだろう?」
すました顔を意識して返す僕。
「その言葉が事実になることを楽しみにしているわ、ニコ」
上の従姉は、にこやかに笑った。
そして、柱時計が時を告げる。


「では、そろそろ行こうかしらね」
そう言って、上の従姉が長椅子から立ち上がった。
それに下の従姉も続く。
僕はその向かいの長椅子に座ったまま、従姉たちを見送ることにする。
玄関には今頃、この館の主だった使用人たちが見送りの為に出てきているだろう。
そして、従姉たちの父である伯父様も。
僕は従弟ではあるけれど、家族ではない。
自分の家でない所で、その家の住人を見送るのは、どこかおかしい気がする。
だから、行かない。
「お達者で」
「えぇ、ニコも体には気をつけて」
「元気でね」
短い挨拶を交わして、従姉たちは歓談室を出て行った。
途端に静まり返った室内。
使用人には下がるように言ったから、ここには本当に僕ひとりだけだ。
行儀が悪いとは知りつつ、長椅子の背に背中を預けて沈み込む。
この館に、従姉たちがいなくなる。
それは、とても不思議な感覚だ。
僕は自分の館とこの館を行ったり来たりしていた。
だが、当たり前のことだが、従姉たちはずっと、ここに住んでいたのだ。
この感覚に、なんと言う名をつけるべきか……。
「寂しい、か?」
口に出してしまうと、それが本心になってしまうようで腹が立った。
別に、寂しいのではない。
身近にいた、自分を磨くための相手がいなくなってしまうから、少し戸惑っているだけだ。
そうだ! そうだとも!
寂しいはずが、あるわけないではないか!
僕は長椅子から立ち上がり、歓談室を後にした。
長い廊下を歩きながら、今日の予定を思い浮かべる。
勉強も剣術も、一日たりとも休めない。
ここから<帝都>までは、馬車で一月の道のりだ。
その間に差をつけてやる!
次に二人に会うのは、下の従姉の婚礼で、だろうか。
楽しみだな。
その時に、下の従姉に「それみたことか」と笑われるのは癪だし、上の従姉に「あら? ニコは口だけは達者なのね」と言われるのは悔しい。
だから、


「今日も頑張るとするか」