このもやもやした気持ちは、なんだろう。

弁当箱の隅に残ってしまったごはん粒みたいに、

気になるんだけど、どうしても取れない、そんな感じ。

俺は、いったいどうしたいんだろう。

答えなんて、出せそうにない。

だって、何が問題なのかすら、分からないんだから。

うーん、こんな時、睦さんならどうするんだろう。

っと、こんなんだから、睦さんに捨てられそうになっちゃうんだよね。

いつまでも、困ったら睦さん、悩んだら睦さんじゃ、ダメだよ。

もう、俺だって、小さな子どもじゃないんだ。

うん、だから、しっかりしなくちゃ。

そうしたら、睦さんは俺のこと、見直してくれるかな……。

睦さんがいなくなるなんて、想像も出来ないよ。

 


寒い日は、君のそばで
 

「というワケで、あたしに編み物教えてちょうだい」

土曜日の昼過ぎ、部屋で漫画を読んでると、玄関のチャイムが鳴った。

父さんも母さんもお祖母ちゃんも出かけてるし、姉さんは家にはいるけど、

友達と居間で勉強中だ。

必然的に、俺が出なくちゃいけない。

読みかけの漫画を本棚に戻して、玄関に向かう。

んー、宅配便か何かかな?

そんなことを考えながら戸を開けると、白いコートを着た睦さんが立っていたから、

かなりびっくりした。

しかも開けた途端に「というワケで」って言われても、何が何だか分からない。

まぁ、睦さんはたまに自分の頭の中で言ったことの続きから話し出すことがあるから、

たぶん、今回もそんな所なのかな。

「アンタ、編み物とか縫い物とか、細かいこと得意でしょ?」

睦さんがそう言いながら、紙袋を渡してきた。

えーと、うん、編み物とか縫い物とか、細かいことは好きだけど、

教えて欲しいって、どういうことなんだろう?

「何かよく分かんないけど、とりあえず上がってよ、睦さん」

いつもは俺が睦さんに頼りっぱなしだから、たまに頼られるとすごく嬉しい。

こんな時、周りのヤツらに馬鹿にされても、編み物やってて良かったと思う。

学校にしてってるマフラーは、去年自分で編んだヤツなんだけど、

そう言ったら、健太や諒(りょう)は大笑いするし。

男が編み物したらいけないなんて法律ないっての。

「これ、春ばあさんが趣味で作ったヤツでしょ? また増えてない?」

お客さん用のスリッパを玄関脇の棚から出してると、後ろから睦さんの声が聞こえた。

振り返ると、睦さんは靴箱の上にずらりと飾ってある和紙で出来た人形を見ていた。

お祖母ちゃんはいつも何かしらに“ハマって”る。

これも何年か前に、N●Kだったか、近所の人にだか触発されて、

鬼のように作りまくってた時期があった。

実は玄関に飾ってあるの以外にも、飾り場所がなくてしまってあるヤツが山ほどある。

けど、もう増えることはないと思う。

お祖母ちゃんはハマりやすいけど、飽きっぽい。

「あぁ、でも、今お祖母ちゃんの趣味は、家庭菜園だよ。

睦さんが前にウチへ来たの、だいぶ前だったよね。だから、そう感じるんじゃないかなぁ」

今は田舎暮らしブームとかで、自給自足生活の番組がたくさん放送されてる影響で、

使ってなかった裏庭を耕して、なんかイロイロ作ってる。

こっちは人形作りと違って、有益だからいいよね。

たまに草むしり手伝わさせられるけど。

和紙人形と家庭菜園の間にも、四つくらい趣味変わってたけど。

お客さん用のスリッパを履いた睦さんは、きょろきょろしながら俺の後をついてきた。

玄関から伸びる廊下の掃除は俺の担当なんだけど、ほこりとか落ちてないよね。

一昨日に掃除したばっかなんだけど、やっぱり毎日した方がいいかなぁ。

粗が見つかりそうで、あんまり見ないで欲しいと言おうとした時、

ぼそりと睦さんの独り言が聞こえてきた。

“いつ来ても立派な日本家屋だわ。西洋の血が混じっていそうな外見のクセに、家は純和風。

つくづく外見と中身のギャップが激しいヤツ”

って、そんなこと考えてたの!?

ギャップ、ギャップって、イメージって厄介だよね。

そんなもん、なくてもいいのに。

睦さんに言われると、余計にヘコむよ……。

「睦さん、もうそれはいいから……」

「……また垂れ流してた?」

「うん。外見と中身のギャップが著しいって」

「あー、ゴメン。気をつけてるんだけどね」

ぺちりと、睦さんは自分の額を叩いて、ため息をついた。

睦さんって、考えてることが時々口から垂れ流しになっちゃう人なんだよね。

外では気をつけてるって言うけど、睦さん家とか俺の家とかでは出ちゃうらしい。

そうゆう意味じゃ、睦さんって嘘が付けない人っていうのかな?

素直っていうのとは、絶対に違うけど。

そんなこと、睦さんに直接言ったら、絶対に殴られる。

睦さんは口と同時に手が出るから。

うん、まぁ、普段はそんなに痛くないんだけどね。

睦さんには澪(れい)くんっていう三つ下の弟がいて、

取っ組み合いの喧嘩には慣れてるから、手加減の仕方も知ってるんだ。

俺も姉さんも、糸井家の姉弟とは違って、手の出る喧嘩どころか、

普通の口喧嘩もあんまりしたことがない。

たぶん、姉さんと俺の性格の問題だと思うけど。

喧嘩向きじゃないんだ、二人とも。

………………………………………。

「あ」

その姉さんのことで思い出したことがあって、思わず足が止まった。

そうだよ。すっかり忘れてた……。

どうしようかなぁ。

足を止めて考えごとをしていたら、後ろからついてきていた睦さんに非難された。

「いきなり立ち止まんないでよ、危ないなぁ」

眉間にシワを寄せて、もう少しでぶつかる所だったと怒る睦さん。

少し申し訳なく思いながら、足を止めた理由を説明する。
「あ、ゴメン。今思い出したんだけど、今日姉さんが友達と居間で勉強会してるんだ。

そろそろテストだからって」

「美菜子ちゃんが?」

姉さんの名前を呟きながら、睦さんは、じゃあどうするのさ? というように俺を見てきた。

互いの家を行き来する俺たちだけど、基本的には睦さん家に行った時はリビングに通されるし、

俺の家に睦さんが来た時は居間に通す。

別に示し合わせたワケじゃないし、何度かお互いの部屋に行ったことはあるけど、

なんとなく、そうじゃなきゃいけないような感じがするんだ。

だから、こう提案するのは、ちょっと悪いような気がする。

でも、他に適当な部屋がないんだから、仕方ないよね。

「俺の部屋でもいい?」

そう尋ねると、睦さんはちょっとだけ考えるような間をおいて、

「オッケ、分かった」

と頷いた。

その返事に安心する。

断られたらどうしようかと思った。

この寒い中、まさか庭で、なんてワケにもいかないからね。

「それじゃ、先に行っててよ。お茶いれてくから」

「うん。あ、その紙袋の底の方に、苺大福が入ってるよ」

「ホント? わざわざ有難う、睦さん」

「あー、いや、そのぅ、どういたしまして?」

苺大福かぁ。

嬉しいなぁ。

俺、めちゃめちゃ好き。

甘いモノ好きだし、洋菓子も嫌いじゃないけど、和菓子はもっと好きだ。

大福に苺を入れるなんて発想、よく思いついたものだよね。

寒いから、熱いお茶を淹れよう。

緑茶がいいかな? ほうじ茶がいいかな?

うきうきしながら、苺大福に合うお茶を考える。

睦さんはどっちがいいかな。

そう思いながら見ると、睦さんは微妙に乾いた笑顔だった。

どうしたんだろう?

疑問には思うけど、なんとなく訊ける雰囲気じゃない。

たぶん、訊いても睦さんは誤魔化しそうだ。

そりゃあ、気にならないって言ったら、思いっきり嘘になる。

でも、こういう時に無理に訊いても、ろくな結果には終わらないことを、経験上知ってるからね。

睦さんが言わない方が良いと思ったことは、大抵訊かなきゃ良かったと思う。

先に部屋に行っているという睦さんを見送って、

俺は疑問を頭の隅に追いやって台所へ向かった。

 

 

飲みものを何にするのか悩んだ結果、緑茶にしてみた。

この間テレビでお茶っ葉をレンジでチンすると、新茶の味がするっていうのをやってたから、

ちょっと試してみようと思ったんだ。

ラップはかけずに一分。

たいした手間じゃないし、折角睦さんが来てるんだから、いつもより丁寧に淹れたいと思う。

睦さんは、お茶なんて不味くなきゃいいよ、って言う人だけど。

きっと気付いてくれないだろうけど。

自分の湯呑みと、もともとお客さん用だったけど、いつからか睦さん専用になった湯呑み。

それに包装紙を取った苺大福をお盆に乗せて、部屋に向かう。

睦さん、こたつのスイッチ分かったかな?

俺の部屋にはヒーターとかないから、こたつに入らないと寒い。

日本家屋は夏を主として建てられてて、気密性が低いから普通の家よりも寒いんだよね。

今度、半纏(はんてん)自作しようかな。

和裁はあんまりやらないけど、母さんに教わってでも。

そんなことを考えながら部屋の前まで来て、両手がふさがってることに気付いた。

脇に置いたり、片手で持ってもいいんだけど、中には睦さんがいる。

「睦さーん。手ぇ、ふさがってるから開けてー」

「はいはい」

声をかけると、すぐに返事があって、ふすまがすっと開く。

でも、居ると思った所に、睦さんは居なかった。

「睦さん?」

そのまま目線を下にしていくと、こたつに入ったまま寝っ転んでいる睦さんと目が合った。

心臓が、一瞬はねる。

睦さんは何故か照れたような顔で笑っていた。

たぶん、寝っ転がったまま、ふすまを開けたんだと思う。

前に会った時より少し伸びた髪が畳に広がって、

それがとても、色っぽく見えたんだ。

下半身に集中しそうだった熱を、慌てて追い払う。

イケナイものを見てしまったような、罪悪感。

こんな無防備な姿を見たことがないワケじゃないのに、なんでだろう?

驚きと戸惑いの後に起こったのは、疑問だった。

「何してるの?」

頭の中はぐちゃぐちゃしてるのに、口から出た言葉は、まったく普通の会話で、

それが不思議だった。

睦さんは寝っ転がったまま苦笑を浮かべて、

「だって、寒いしねぇ」

と言う。

睦さんは、今、俺が考えていることを知らない。

知られちゃいけない気がして、何でそう思うのか、分からないけど、

また、俺の口は勝手に動いた。

「そりゃ、冬だし」

当たり障りのない返事を返して、本当に、俺、どうしちゃったんだろう、と思う。

今まで、睦さんにこんな気持ちを抱いたことなんて、なかったのに。

睦さんは睦さんであって、友達とか、彼女とか、知り合いとか、女だとか、男だとか、

カテゴリに分けなきゃいけないって、まったく考えもしない。

誓って言うけど、俺は今まで睦さんと、どうこうしたいっていう気持ちは一切なかったんだよ。

というか、そんなこと、考えることすらおこがましいというか、

睦さんをそういう対象に見てしまうのは、とても失礼のような気がするというか、

たぶん、無意識の内にそんなことを考えていたんじゃないかと、

一瞬の内に思い至った。

でも………………。

何がおかしいのか、笑いながら体を起こす睦さんを見て、

俺は考えるのを止めた。

どうせ考えたって、ぐるぐるするだけだ。

それだったら、余計なことは考えない方がいいよね。

それは逃避かも知んないけど、今は考えたくないから。

 

 

「メリヤス編みだね」

睦さんが紙袋の中から取り出したモノをみて、一目で分かった。

学校の課題だっていうマフラーは、見事に丸まってる。

白一色で編まれたそれは、ロールケーキみたいだって、ちょっと思った。

「メリヤス編み?」

「そう。編んだのをみると、表と裏が出来てるでしょう?

この編み方だと、どうしても丸まっちゃうんだよ」

「……マジで?」

「うん、マジで」

俺がそう言うと、睦さんはこたつに突っ伏して、ぶつぶつと呟き始めた。

ちくしょーとか、あたしの努力を返せとか、最悪とか。

機嫌降下中の睦さんは怖い。

態度も空気も、言ってることも。

不吉な呪詛の言葉が聞こえ始めてきて、慌てて解決策を提案する。

「あ、でもスチームアイロンをあてれば、まっすぐになるよ」

「ホント?」

期待で目を輝かせて顔を上げた睦さん。

けど、アイロン策も抜本的な解決策じゃないんだよね。

それを伝えるのは、すごく気まずいんだけど、伝えないわけにもいかない。

「まぁ、洗ったりしたらまた丸まっちゃうんだけど」

「それじゃ、意味ないじゃん」

睦さんはがっかりというより、恨みがましい顔で言った。

丸まっちゃうのは、俺のせいじゃないんだけどなー。

メリヤス編みじゃあ、丸まるのは仕方がないんだから。

あ、じゃあ、別の編み方を薦めればいいのかな?

マフラーに適した編み方は……。

「うーん、もし睦さんがよければだけど、別の編み方試してみない?」

「別のって?」

「簡単なのはガーター編みとかゴム編みかな。あぁ、でも睦さんは表編みも裏編みも出来るんだよね?」

「さんざん、メリヤス編みとかいうの編んでたからね」

苦々しい口調で、睦さんが言う。

表編みと裏編みが出来れば、基礎は大丈夫だ。

それならと、俺は別の編み方を提案する。

「じゃあ、ゴム編み……二目ゴム編みにしようか」

口で説明するよりは、目の前で編んで見せた方が分かりやすいよね。

えーと、編み物セット、どこだっけ?

勉強机の隣に置いてあった毛糸なんかが入ったカゴを持ってきて、

二目ゴム編みで数段編んで見せた。

「ゴム編みっていうのは、表編みと裏編みを繰り返して編むんだよ。

二目ゴム編みは、二目表編みで編んだら、また二目裏編み」

そう説明しながら、見本を渡した。

睦さんは見本を難しい顔で見てる。

うーん。そう難しい編み方じゃないハズなんだけどな。

ダメかなぁ?

二目ゴム編み以外に、何か適当なのあったっけ?

二目ゴム編みを却下されるかもと不安に思っていると、

親の敵を見るような目で見本を見てた睦さんが、正座に座りなおして尋ねてきた。

「ね、提出に間に合う? 今からやり直してさ」

なんだ。睦さんの心配って、そこだったんだ。

俺の提案を却下されないでほっとしたや。

「提出期限まで、あと三週間でしょう? 大丈夫。睦さんなら出来るよ」

俺がそう請合うと、睦さんは“ゴメンね、カトちゃん”と俺の知らない誰かに謝りながら、

メリヤス編みで丸まってしまったマフラーを解き始めた。

 

 

こたつの向かいにいる睦さんは、黙々とマフラーを編んでいる。

それをじっと見ているのも変だから、俺も作りかけだったマフラーを編むことにした。

二目ゴム編みも、そんなに難しい編み方じゃないし、モノはマフラーだから、

目をとばしたり、キツく編み過ぎないように注意していれば、

俺のアドバイスも必要ないんだよね。

睦さん、そんなに不器用じゃないし、仕上げだって今覚えていくくらい、

そんなに難しいことじゃない。

それなら、別に編むのは俺の家じゃなくてもいいってことに、

たぶん、睦さんは気付いてないんだろうなぁ。

真剣な顔で編み棒を動かしてる睦さんにそれを言ったら、

絶対に怒って帰っちゃうよ。

こうしたら、たぶん怒るんだろうなー、ってゆうのは、感覚で分かるからね。

……何に対して怒るのかは、ちょっと分かんないけど。

だって、睦さんの怒るポイントって、理由が分かんないことが最近多いんだ。

怒らせたくないし、こうやって一緒に居るのは嬉しいから、言わないどこ。

………………………………………………………………………………ん?

いや、いいんだよね?

別に、睦さんと一緒に居るのが嬉しいって、普通だよね?

今までも、そうだったもんね?

あー、焦ったぁ。

さっきのがあったから、別の方に考えちゃったよ。

あれだよね。

こたつっていうのが、いけないんだよね。

こないだ健太に借りたヤツ、そうゆうプレ……シーンがあったから。

っていうか、こたつ自体がミラクルアイテムだから。

傍から見れば普通だけど、実は中ではって……………。

ダメダメ!

うっかり意識が別の方に向かってたから、毛糸を変えるのを忘れて、

既に何段も編んでた。

あちゃー。

模様がヘンになっちゃってる。

やっぱ、今日の俺、おかしいよね。

しゅるしゅるととばした所まで毛糸を解きながら、

睦さんに不審に思われてないか向かいを見る。

ほっ、睦さんは俺の様子には気付いてないみたいだ。

じっと手元を見て、棒針を動かしてる。

めちゃくちゃ早いってワケじゃないけど、

順調に睦さんの白いマフラーは長くなっていってた。

まだ三週間あるから、睦さんならきっと完成させられるんじゃないかな。

と、そこで気になったことを尋ねる。

「そういえば、なんで最後から二番目の授業が提出日なの?」

普通、最終授業で提出、とかじゃないのかな?

俺の学校はそうだけど。

学校に置きっぱなしの作りかけのエプロンを思い出しながら尋ねると、

睦さんは手元から目を放さずに答えた。

「あぁ、十二月最後の授業で返却するからだって。
そうすれば、クリスマスプレゼントに出来るでしょ?

塩原センセイって、結構ロマンチストなんだよねぇ」

五十代のおばさん先生だと睦さんは補足したけど、

俺としては、別の所がひっかかった。

「ふうん、睦さんは、誰かあげる相手いるの?」

さりげなさを装って尋ねると、ぎろりと睨まれた。

「悪かったな。自分のだよ」

その言葉に、ほっとしてる自分がいた。

そういえば、睦さんの恋愛話って聞いたことないな。

いつも俺ばっか相談してたし。

睦さん、好きな人、いないのかなぁ?

いや、いても睦さんの性格上、素直に渡すって考えられないよね。

でも自分で編んだのを自分で身に付けるって、周りが交換してたら虚しいよ。

誰かに自分で編んだヤツを身に付けてもらうって、ものすごく嬉しいのに。

このマフラーだって…………あ。

自分が編んでる暖色のマフラーを見て、いいこと思いついた。

俺はまだ不機嫌を引きずってる睦さんに、だいぶ長くなったマフラーを見せながら、

こんな提案をしてみた。

「ね、睦さん」

「何?」

「これもうすぐ出来るんだけど」

「だから?」

「うん、だから俺のと睦さんの、交換しない?」

「はぁ?」

睦さんが驚いた顔をして、編んでいたマフラーを落とした。

そんなに驚かれると、ショックなんだけど。

いいアイディアだと思ったんだけどな。

「俺ね、睦さん用にマフラー編んでるんだ。

去年はカーディガンあげたし、一昨年は手袋で、マフラーあげたのって、だいぶ前だったでしょう?」

「え、あぁ、うん」

「俺のマフラーがあれば、それは使わないよね?」

「いや、使うよ。洋服に合わせて変えたりするよ」

「えぇ〜っ、くれないの?」

あれかなぁ。

やっぱり、睦さんは俺と縁を切りたがってるってことかなぁ。

俺がよっぽどしょんぼりして見えたのか、睦さんが少し怒ったように言った。

「わ、わかったってば、あげるよ。あげればいいんでしょ!」

俺も現金なものだと思うけど、さっきまでしょんぼりしてた気持ちが、

一気に嬉しくて仕方がなくなる。

「本当に?」

「言っとくけど、完成度は保障できないよ」

苦い顔をする睦さん。

別に技術は期待してないって言ったら、それこそブン殴られるだろうな。

睦さん、プライド高いし。

でも、睦さんが何かくれるってことが、俺にとっては大事みたい。

それはまだ、俺にそれだけの価値があるって証明になるからね。

「全然大丈夫だよ。ありがとう、睦さん」

 

 

慎重に、最後の仕上げをしていく。

最後のひと編みを終えて、裏表をじっくりと確認していく。

もちろん、編みながらも注意はしていたし、ある程度編んだ所で何回も点検はしている。

けれど、最後の最後に目をとばしている所や、模様が変になっている所を見つけることもある。

人間の目って、都合のいい所しか見えないんだよね。

だから、最後の確認は、それこそ慎重にやるって決めてる。

一段一段よく見て、少し離して模様を見る。

どこにも不備がないと四回確認して、ようやく安心した。

「出来た!」

一ヶ月半はかかったものだから、出来上がった時の感慨はひとしおっていうのかな。

思わず、声をあげてた。

その声に驚いたのか、睦さんがはっと顔を上げた。

そこで、睦さんの今日の格好を思い出して、俺はいいことを思いついた。

「クリスマスにはちょっと早いけど、今日あげるね。
睦さん、寒いのにマフラーして来なかったでしょう?」

睦さんにきっと似合うと思って、赤と黄色とオレンジの毛糸を使ったマフラー。

ただ手渡しても良かったのに、気がつけば俺はこたつの上に身を乗り出していた。

手を伸ばし、睦さんの細い首に出来たばかりのマフラーを巻いていく。

睦さんはそれを拒まなかった。

ただ、感情の読めない目で、俺をじっと見ているだけで。

不思議な空気が流れる中、今更ながら気がついた。

睦さんは最初からオンナノコで、俺は今日突然に睦さんを意識したんじゃないことに。

本当は、ずっと、特別だった。

ヘタレとか、情けないとか、容赦がないけど、

口と同時に手も出る人だけど、

あっさり人を見限る潔さ? もあって……………………。

あれ? おかしいな。

貶したいわけじゃないのに………………。

と、とにかく、睦さんはそれでも、俺を俺として普通に接してくれる、

家族以外で初めての人だった。

すり寄ってくるか、避けられるか、そのどちらでもなく俺に接してくれた。

高校生になると、皆ぐっと大人になるから、

今でこそ、友達と呼べるヤツらもいるけど、

それまでで睦さんの他に、普通に接してくれるヤツは居なかった。

だから俺にとって、睦さんは特別だった。

あまりに特別過ぎて、かえって分からなかったくらいだったんだ。

思えばあの夏の日、睦さんに家から閉め出された時に感じた恐怖は、

そのせいだったんだろう。

自分のニブさと馬鹿さ加減には、己のことながら張り倒したいくらいだ。

恋愛と家族の情を間違えるなんて、しかも、睦さんに“お母さん”だなんて、

うわぁ、本当にどうしよう……。

本気で頭を抱えたくなったけれど、今そんなことをするのは馬鹿の極みだ。

本当によく、今まで睦さんは俺を見捨てなかったと、

心の底から睦さんをすごい人だと思う。

その睦さんは何故か、硬い表情でマフラーの端を見つめていた。

気に入らなかったのかとか、これからどうしようとか、

不安はたくさんあった。

けれど、それよりも今、睦さんを抱きしめたいという思いを押し止めるのでいっぱいだ。

 

 

きっと睦さんは、俺の浅ましい気持ちを知らない。

知って欲しいけれど、決して知られたくない。

複雑な気持ちでいっぱいだった。




今、一番近くにいる君に戻る 表紙に戻る