ゴンッていうニブい音と一緒に、僕の後頭部に何かが当たった。
地味に痛い。
「邪魔。宇宙どいて。掃除機かけらんないでしょ」
陽和姉の声と、黒い物体に追い立てられて、僕は体を起こした。
あ〜あ、畳で寝っ転がるの、涼しいのに。
のそのそと畳の部屋から、隣の部屋に移動する。
そこでまた、べたぁとうつぶせ。
ブオーという掃除機の音に掻き消されながらも、陽和姉のお説教が聞こえた。
「いくら夏休みだからって、ゴロゴロしてるんじゃないの。うっとうしい」
「だって他にすることないし」
「タケくん家に行くんじゃなかったの?」
「それは明日」
陽和姉はそうだったっけ、と言って一旦スイッチを切った。
そして角用のノズルに換え、再びスイッチを入れる。
「宿題は?」
「小学生の宿題なんて、たいしたことないよ」
自由研究くらいなもんだ。
それだって、朝顔の観察日記っていう定番のヤツだから、毎朝書けばいいんだし。
暇でしかたがない。
「ほら、次はそっちやるから、のきなさい」
僕はゴロゴロと転がって、元の畳の上に戻った。
僕の名前は関津宇宙。
この「宇宙」と書いて「そら」と読むっていう変な名付け親は僕の母さん。
葉月、っていうのが、母さんの名前だ。
僕は六人兄弟の末っ子で、他の兄弟もそれぞれ、ちょっと変わった名前。
一番上でしっかり者の陽和姉。
おっとりしてて、優しい天音姉。
強くてカッコイイ空夜兄。
変わり者だけど、絵がとても上手い銀河兄。
気が強くて、美人の星華姉。
そして僕、宇宙。
母さんが月で、上から太陽、天の川、夜空、銀河、星、宇宙。
ね? 変ってるでしょう。
名前と一緒で、性格なんかも変わってると思う?
残念、僕は普通。
成績は悪くはないけど、良くもないし、運動神経も普通。
背の順ではぴったり真ん中だし、顔も十人並み。
口の悪い星華姉に言わせると、平均を絵に描いたよう、だそうだ。
別に気にしちゃいないけどね。
趣味は探検。
親友のタケと二人で、知らない所に行ったりするんだ。
街外れのデパート跡だとか、隣町の雑木林だとか。
危ないのは分かってるけど、行っちゃいけないって言われれば言われるほど、行きたくなるのが人。
折角の夏休みなんだから、いつもとは違った所へ行きたいところ。
「思い切って、海に行くってのはどうよ?」
よく冷えたラムネを飲みながら、タケが言った。
「さすがにそれは無理じゃない? 大体そんなお金ないよ」
小学生のおこづかいは少ない。
タケはつまらなそうに、いい案だと思ったのに、と呟いた。
「ちなみに、山も無理だと思う」
何か言いたげなタケの先回りをして、釘を刺した。
小学生同士でそんな所に行ったと陽和姉に知れたら、特大のゲンコツをもらうことになる。
それだけは嫌だ。
「じゃあ、他にどんな所があるってんだよ?」
僕は考えた。
遠い所は無理。
近場はだいたい探検し尽くした。
お金がかかるから電車とかバスは使えない。
歩いて行ける場所で探検しがいのある所と言ったら……。
「あそこはどうかな?」
「どこだよ?」
「街外れの幽霊屋敷」
別に幽霊が出るわけじゃなのに、僕の学校のヤツは大抵、あのお屋敷をそう呼ぶ。
高い柵と塀に囲まれた広い家で、多分、誰かが住んでるんだろうけど、見たヤツはいない。
空夜兄の話だと、明治時代に建てられたらしい。
異人館みたいね、と言ったのは、天音姉だったかな。
タケはちょっと考えるようにしていたけど、すぐに、いいじゃん、と頷いた。
「きまり?」
「きまりだな」
僕たちは、さっそく準備に取り掛かった。
高い柵に囲まれたそのお屋敷は、タケの家から自転車で十五分の所にある。
時々見かける、顔の怖いおじさんが手入れをしているから、庭はキレイだった。
僕たちはどこから入れば、見つからずにすむか話し合いながら自転車をおして、
屋敷の周りを一周した。
こうやって歩いてみると、やっぱりこのお屋敷は広いや。
なんと十五分。
正門から右回りに歩いて、ぴったり十五分後に、僕らは正門の前に立っていた。
「……広いね」
「……広いな」
「止める?」
止めるなら今の内だよね。
こういう大きい家なら、セキュリティとかバッチリっぽいし。
無茶だったかなぁと諦めかけた僕の頭を、タケが思いっきりグーで殴った。
あまりの痛さに頭を抱えこんだ僕に、タケが言った。
「馬鹿ソラ! そんなことで、オトコの中のオトコになれると思ってんのかよ!」
多分タケの言う「オトコ」は「漢」とでも書くんだろう。
けど、グーはないと思う。グーは。
「ぼ、暴力反対……」
「さぁ行くぞ、もう一周! 今度はもっとゆっくりな」
聞いてないし。
自転車のチチチチチという車輪の回る音が、やけに虚しく聞こえた。
二周目。
今度はもっとゆっくり、じっくりと入れそうな所を探してく。
僕はふと、空き巣の下調べみたいと思った。
怪しいよなぁ。
さり気なく辺りを見廻して、誰もいないことを確かめた。
おまわりさんとかに会ったら、なんて言い訳しよう。
「ソラ、ここ!」
自転車をほっぽりだして柵の側に這いつくばっているタケに駆け寄ると、柵の一部がひしゃげて、
子供一人くらいなら通れるくらいの隙間ができていた。
「タケ、ナイス!」
「だろ?」
タケは得意げな様子で笑った。
僕は二台の自転車を見て、
「問題は、このチャリをどうするか、だよね?」
「向こうに駐輪場があった」
本当にタケは目ざとい。
自転車にしっかりと鍵をかけて、僕たちは柵の所へ戻った。
「じゃ、“いつもどおり”な」
「うん“いつもどおり”だ」
僕たちの冒険には、いくつかの約束があった。
一、誰にも話さないこと。(もちろん、親にも陽和姉にも)
二、物は壊さない。(あたり前)
三、見つかったら、すぐに逃げる。(全速力で)
四、一人が捕まっても、助けに行かない。(被害は小さく)
五、捕まったら、意地を張らずに謝る。(“子供らしく”すると、なお良し)
これが僕らの『冒険五ヵ条』
これは今まで、一度も破られたことはない。
ズボンの裾を柵に引っ掛けながらも、僕たちは侵入に成功した。
柵の中は、大きな木が何本も立っていて、花もしっかりと手入れされてるみたいだった。
見つからないように、できるだけ低姿勢で進む。
僕とタケは、近過ぎず離れ過ぎず、一定の距離を保った。
静かに慎重に、辺りに気を配りながら……、
痛っ、足、葉っぱで切っちゃった。
あぁ、血がにじんでるし。
傷の様子を確かめるために立ち止まった僕の耳に、タケの慌てた声が聞こえた。
「わっ、『あなかまよ』!」
合図だ。
タケ、見つかっちゃったんだ。
『あなかまよ』は、平安時代の言葉で、『静かに』という意味らしい。
らしいってのは、家で姉さんがぶつぶつ言ってたのを覚えたからね。
僕たちの間では、『見つかった、静かに逃げろ』という合図として使われている。
僕は『冒険五ヵ条』の通りに、静かに柵のすき間を目指した。
「待て! このボウズ!」
しゃがれた男の人の声が聞こえた。
タケを見つけた人だね。
捕まるなよ、タケ。
僕もいつ見つかるか分からない。
心臓がドキドキいってる。
静かに素早く、っていうのは、なかなか難しい。
僕は枯れ枝を踏んづけた。
パキッという音は、最悪なことに大きく響いた。
「こりゃ、一人だけじゃねぇな!」
ヤバイ。バレた。
こうなったら……。
僕は全速力で駆け出した。
柵まで、十五メートルちょっと。
石を踏んで転びそうになった。
後、七メートル。
靴紐がほどけた。くそっ、こんな時に!
五メートル。
待て! って声が近づいてくる。
後、二メートルくらい。
柵のすき間をくぐるタケが見えた。
良かった。
捕まらなかったみたいだ。
僕もその後に続く。
「こりゃ! 待て! ボウズども!!」
うわっ、すぐ近くにきてる。
いかにも頑固ですって顔のじいさんだ。
捕まったら、凄く怒られて、特大のゲンコツをもらうに違いない。
僕は急いで隙間をくぐった。
うわっ、また裾を引っ掛けた!
ヤバイ。
引っ張るけど、焦れば焦るほどズボンの裾は外れない。
もう少しで捕まるって所で、やっと外れた。
「待てっといっとるだろうが! クソボウズども!」
後ろからじいさんの怒声が聞こえた。
あのじいさんは、隙間を通ることはできない。
だけど念のため、タケが逃げたのと逆の方向から、駐輪場に向かうことにした。
肩を怒らせながら、じいさんこと庭師の滝山は庭を歩いていた。
一昨年還暦を迎えた滝山だったが、その歩みはしっかりとしていて、侵入者との追いかけっこでも、
息を切らしてはいなかった。
(くそっ、わしも老いたわい。あの悪たれどもを捕まえることができんかった)
ぶつくさ言っていた滝山だが、自分の主人の姿を見つけると、急に情けない顔になった。
「申し訳ございません、奥様。あの小僧ども、逃げ足が速く……」
と、すまなさそうに、頭を下げる。
それに対して、“奥様”と呼ばれた人物は、
「私は気にしていませんよ」
と笑った。
レースの日傘が涼しげである。
「それにしても、元気な子たちですね。小学生くらいかしら?」
「へい、おそらくは。少なくとも中学生じゃありません」
“奥様”は首を傾げた。
「でも、何の用でうちに来たのかしら?」
滝山は憎憎しげに、吐き捨てた。
「探検ごっこのつもりでしょう。
この辺りの子供の間では、この館のことを、
『幽霊屋敷』なんぞと呼んでいるようですから」
「まぁ、『幽霊屋敷』。それは面白いわね」
「奥様」
滝山にたしなめられた“奥様”は、でも楽しそうよ、と笑った。
「滝山、あの子たちがどこの子だか、分かる?」
「へい、多分。有名な奴らですからね」
探検と称して色々な所に出入りする二人組みの小学生の噂は、庭師仲間から聞いたことがあった。
ちょっと調べれば、どこの誰だか分かるだろう。
だが、
「どうするおつもりで、奥様?」
“奥様”はふふっと笑い、人差し指を口元に当てた。
それはそれは楽しそうな、いたずらっ子の様な笑顔で“奥様”は言った。
「ひ・み・つ」
次の日、僕たちは公園でサッカーをしてた。
「昨日はヤバかったよなっ」
タケが蹴ったボールを胸でトラップして、僕は返事をした。
「ホント、ついてなかったよ、っと」
家帰って見たら、なんと四ヶ所もケガしてた。
たいしたことはないけど。
「ソラ、足大丈夫か?」
僕の足には、絆創膏(ばんそうこう)が三枚張られていた。
後の一ヶ所は腕だ。
「大丈夫だよ。僕より、タケの方がヒドイんじゃない?」
タケは膝にガーゼ、鼻には絆創膏をしていた。
タケと合流した時、タケの膝から血がたくさん出ててびっくりした。
転んだらしい。
公園の水道で傷を洗って、ハンカチで血をとめたんだけど、
気に入ってた青いハンカチが血だらけになっちゃったもん。
鼻の頭も転んだ時すったみたいなんだけど、どういう転び方をしたんだろう。
謎だ。
「ヘーキ、ヘーキ。大したことねぇよ。おれってオトコだし!」
とタケは言ってるけど、傷を洗ってる時、痛い痛いって騒いでたのは誰だよ。
でもそれを指摘すると、タケの機嫌が悪くなるってことも知ってるから、代わりに、
「その足でサッカーやっていいの?」
って聞いた。
今日、サッカーやりながら反省会をしようと言ったのは、タケだ。
「それもヘーキ。だからそんなヤワじゃねぇ、って!」
タケの蹴ったボールが、僕の頭の上を通り過ぎていった。
「ゴメン!」
「バカ! どこ蹴ってんの!」
僕はタケに文句を言って、ボールを追いかけた。
馬鹿力のタケが思いっきり蹴ったボールは、かなり遠くまで転がった。
広い公園だから、取りに行くのも大変だ。
コロコロ転がったボールが、人の足に当たって止まった。
「すいません! 取ってもらえませんか!」
僕はその人に向かって叫んだ。
だけどその人は、ボールを拾って動かない。
どうしたんだろうと思って近づくと、その人は頭ペコリと下げた。
僕もつられて頭を下げる。
その人は、公園に相応しくない格好をしていた。
こんな公園よりも、どこか大きなお屋敷にいるような格好だ。
いわゆる、執事さんみたいな……。
誰?
執事さんは、僕のサッカーボール(誕生日に買ってもらったヤツ)を、脇に抱えた。
返さない気らしい。
僕はちょっとムカっときた。
だから、それは僕のなんだってば!
「そのボール、僕のなんです。返してもらえませんか?」
「できません」
何で!?
執事さんは何を考えているのか分からない顔で、
“奥様”が僕らに会いたいと仰っていると言った。
「“奥様”?」
そんな人、僕は知らない。
友達の中に、こんな執事さんがいるような家の子はいないし。
「人違いじゃないんですか?」
「いえ、確かに君たちです。関津宇宙君」
確かに関津宇宙は僕の名前だ。
他にこんな名前のヤツはこの辺にはいないだろうな。
「あの……」
「うわっ、昨日のじじい!」
“奥様”ってどこの“奥様”ですか?って訊こうとしたけど、突然のタケの大声に驚いた。
え? 昨日のじじいって……。
恐る恐る振り返った僕の目に、衝撃的映像が飛び込んできた。
なんと昨日のじいさんが、タケを羽交い絞めにしてた。
「タケ!」
「ソラ、逃げろ! ソイツもじじいの仲間だ!」
タケがじたばた暴れながら叫んだ。
え?
タケの言葉の意味が分かる前に、
執事さんが片手に僕のボールを持ったまま、もう片方の腕で僕を肩に担いだ。
いきなりのでき事でその時は混乱していたけど、もう少し後でこの時のことを思い出した時、
なんて無茶するんだろうと思った。
だってそれはどこからどう見ても、誘拐の現場にしか見えなかったはずだからだ。
僕とタケは、名前は知らないけど、いかにも高いですって車に押し込まれ、連れ去られた。
連れて来られたのは、何と昨日の『幽霊屋敷』だった。
あの柵のすき間からじゃなくて、ちゃんと門から中に入った。
車を降りて歩いている途中も、タケと話すことはできなかった。
何故なら、執事さんとじいさん――滝山さんというらしい――が、僕とタケの間を歩いていたから。
いくらなんでも、自分たちを“誘拐”した人、二人を挟んで話す気にはとてもなれない。
「こっちで奥様がお待ちだ」
滝山さんが不機嫌な声で言った。
僕たちのことが気に食わないというのを、全然隠してない。
キレイな庭を、最悪な気分で歩く。
不安な気持ちでいっぱいだ。
もしかしたら、“奥様”が直接、僕たちを怒るために連れてこられたのかも知れない。
いや、“もしかしたら”じゃなくて“きっとそう”だ。
だって他に考えられることってないと思うし。
あっ、叱られた後に滝山さんにも、執事さんにも怒られるのかも……。
それでその後、家に連絡とかされちゃって、陽和姉にもお説教とか………………。
考えるだけで気が重いよ。
憂鬱な気分で大きな樹の植えてある角を曲がると、そこに“奥様”らしい人がいた。
「奥様、お二方をお連れしました」
執事さんが“奥様”に向かって、丁寧にお辞儀をした。
その横で、滝山さんも頭を下げる。
白いテーブルとイスが三つ。
そのイスの一つに、“奥様”は座っていた。
「滝山、江成。ご苦労様でした。二人とも下がって良いですよ」
奥様に言われて、滝山さんと執事さんは一緒にどこかに行ってしまった。
さて、と、“奥様”は僕たちの方に向いた。
“奥様”は優しそうな笑顔だったけど、叱られるようなことをしたって思うから、
僕はその笑顔をそのままに受け取ることができなかった。
カチンコチンに固くなった僕だけど、タケは流石に「漢」を目指しているだけはあった。
少し不安そうだけど、それでもきっぱりと言った。
「おれたちに、何の用っスか?」
タケは体育系のお兄さんが二人いた。
ちなみに妹もいる。
「さぁ、どんな用だと思います?」
タケは何、それ、という顔をした。
「分かんないから、言ってるんスよ」
「当ててみて頂戴」
“奥様”は、ふふふと楽しげに笑った。
僕はいきなり怒られなかったことで、少し余裕ができた。
そして、想像してた“奥様”とは違うなぁと思った。
僕が本物の“奥様”に会う前に想像してたのは、三十代くらいの“マダム”だった。
けれど今僕の目の前にいるのは、可愛いおばあさんだ。
何か、ふんわりとしたオーラを放っているカンジ。
背は小柄な方だと思う。
131センチの僕より、少しだけ大きくて、139センチのタケよりも少し小さかった。
「あぁ、そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。ごめんなさい。
私の名前は、岸田里子と言うの」
「関津宇宙です」
「南武史っス」
自己紹介が終わった所で里子さん(そう呼んでと言われた)が、とりあえずイスに座ったら? と言った。
僕とタケがイスに座ると、里子さんが麦茶をいれてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「いただきまっス」
麦茶はよく冷えていて、汗がだらだら流れるようなこんな暑い日には、
すごく美味しかった。
タケなんか、一気飲みしてるし。
「あらあら、そんなに急がなくても、たくさんあるのよ」
里子さんがクスクス笑って、麦茶が入っているガラスのポットを指差した。
それから里子さんは、にこにこ笑いながら、どうして僕たちを呼んだのか、話してくれた。
「私には子供がいないの。だから孫もね。
この広いお屋敷には私の他に、江成と滝山と、
後はお手伝いの芳賀さんしかいないの。
それはそれで幸せなのだけれど、お友達から孫の話を聞くと、
少し羨ましいの。
私にも孫がいたらなぁって。そう思っていたのね。
そこにちょうどあなたたちがやって来て、気付かなかったかしら?
私も昨日、お庭にいたのよ?」
うわっ、全然気付かなかった。
隣のタケも全然知らなかったって顔だ。
「その時あなたたちを見て、こんな孫がいたらなぁと思ったの。話せて嬉しいわ」
里子さんは本当に嬉しそうに笑う。
「良かったら、また遊びに来てくださらないかしら?」
「いいッスよ。なぁ、ソラ」
「うん。もちろんだよね、タケ」
僕たちは合わせて頷いた。
僕もタケも、お祖母ちゃんとあまり会ったことがなかった。
里子さんみたいなお祖母ちゃんなら、大歓迎だ。
それから僕たちは色んなことを話した。
家のこと、学校のこと。好きなもの、嫌いなもの。
タケは里子さんを笑わせるような話ばかりしてたし、里子さんの話は面白かった。
僕はこの変わった名前の由来について話した。
そうしたら里子さんは、一枚の古い写真を見せてくれた。
白黒のその写真は、古い天体写真だった。
「丁度今頃の季節らしいの。
もう何十年も昔のものだから、今とは少し、星の位置が違うみたいだけれど」
僕はこの写真が、一目見て気に入った。
今の写真みたいにはっきりしてないけど、キレイだ。
食い入るように写真を見ていると、
「そんなに気に入ったのなら、差し上げるわ」
と里子さんが言った。
「いいんですか?」
今までとってあったくらいだ。
里子さんにとっても、とても大事なものに違いない。
だけど里子さんは「いいのよ」と笑った。
「それは私のお父様がお撮りになったものなのだけど、私はあまり星に詳しくないの。
きっと、ソラ君が持っている方が、父も喜ぶと思うのよ」
だから受け取って、とまで言われて、いらないとは言えない。
それに、もらえて嬉しいことは嬉しかった。
「ありがとうございます」
隣のタケが何故か悔しそうな顔をしている。
いいじゃん。タケはこういうの興味ないくせに。
夕方になって、また来ると約束して、里子さん家を出た。
車で送ると言われたけど、それは断った。
あの執事さんと滝山さんはどうも苦手だ。
この距離なら、歩いて帰れる。
「まさか『幽霊屋敷』に、里子さんみたいなひとが住んでるとは、思わなかったよな」
「そうだよね。絶対また行こうね」
「当たり前だろ!」
タケと僕は約束した。
「そう言えば、もうすぐ夏休みも終わりだよね」
僕は何気なく言ったんだけど、タケはすっごく嫌そうな顔をした。
頭抱えこんでるし。
「どうしたの?」
「宿題……
「宿題って、朝顔の観察?」
「…………枯らしちまった……」
「写させないからね」
僕はきっぱり言った。
冗談じゃない。
僕は毎日地道にやってたんだからね。
「そこを何とか」
タケが手を合わせて拝んできた。
「嫌だよ! バレたら僕まで怒られるじゃん!」
僕は駆け出した。
その後をタケが追ってくる。
「待てよ!」
「待たない!」
お屋敷の中を里子さんは探検していいって言ってくれた。
夏休みも、あとちょっとだ。
新学期が始まる前までに、どれだけ探検出来るだろ。
お屋敷はとても広いから、探検のしがいがある。
タケと競争するのも面白そうだなぁ。
でも今は、早く家に帰らないと。
お腹ぺこぺこだよ。
今日の晩御飯はなんだろうな。